夢が存在する理由|”メリットを得る” というメリット

夢には、意味があります。

それは、一つ一つ、
説明することが出来る。

正確な情報収集と、
正しい分析さえ行えば。

ただ、誰も、単なる夢に
それだけの時間と労力を
使いたがらない。

人は、常に合理的です。

出来れば、ネット検索
で簡単に済ませて、
手短に夢の意味を知りたい。

だから、大抵は、
情報の提供者も、初めて
来た人でも、すぐに理解
できる範囲の浅い話しか
しない。

深い話には、
需要が無いのです。

ある意味、インターネット
で得られる情報の多くは、
本で言うならば、あらすじ
や序章でしかないわけです。

広告

単純な動機

さて、夢の意味が
分かったところで、一体、
何のメリットがあると
言うのでしょう?

そこまでの労力と時間を
かける価値があるの
でしょうか?

まさに、合理的な疑問です。

ただ、この疑問は、
生きることに意味が
あるのか?という疑問と
さほど変わりません。

*

私たちは、人生に置いて
様々なことをします。

仕事で良い業績を
収めることや、結婚
して家庭を作ること、
お金を稼ぐこと、
車を買うことや、
ゲームで勝つこと、

その全てに何の意味が
あるのでしょう?

*

人生には、生きる価値が
無いと言っているわけ
ではありません。

人は、もっとシンプルな
動機によって行動する。

評価されたいから、
仕事を頑張るのです。

安心を得たいから、
結婚をするのです。

誰かに勝ちたいから、
ゲームをするのです。

つまり、全ては
” 衝動 ” から始まる。

それ以上でも、
それ以下でも無い。

しかし、人は、その為に
” 人生 “という膨大な
労力と時間を使って、
それを成し遂げようとする。

*

” 夢の意味を知りたい ”

動機がそれだけでは、
ダメなのでしょうか?

メリットがあるのか、
無いのか、それを追求
することに、本当に
意味があるのでしょうか?

” メリットを得る ”
というメリット。

一体、” メリット ” とは、
何のなのでしょう?

広告

人生を変えられるのか?

大したことでは無いですが、
夢を読み解くことで、
解消する不安というのも
あります。

例えば、次のようなケース。

ある夜、悪夢を見て、
何か悪いことが起こる
前兆なのではないかと
不安になる。

正しく夢を読み解けば、
その不安を解消できる
かもしれません。

*

それが、誤った認識で
生まれたものならば、
それは、抱える必要の無い
” 幻想的不安 ” です。

” 幻想的不安 ” は、
日常生活にいくらでも
見つかります。

心配性の人は、常に
これに苛まれている。

楽観的な人は、悲観的な
人の悩みを聞いて、必ず
こう言うのです。

” 考え過ぎだ ”

*

ただ、夢の場合は、
数日すれば忘れてしまう。

それほど、深刻な問題に
発展することはありません。

*

実際、夢を読み解いた
ところで人生を変える
ほどの何かを得ることが
出来るかと言えば、
何とも答えようが無い
のです。

なぜなら、夢に限らず、
一冊の本を読むにせよ、
誰かのアドバイスにせよ、
それを
” 人生を変える出来事 ”
にするのは、その人の
その後の行動次第だからです。

高い授業料を払って、
知識を身に着けたからと
言って、参加者全員が、
幸せになれるわけでは
ない自己啓発セミナー
と同じです。

そう考えると、それで、
人生が変わるのか?

という疑問に、
安易に ” YES ” と
答えることは出来ないのです。

広告

スピリチュアルと予知

神秘的な事に関心の強い
人が、夢に惹きつけられる
最大の理由は、夢が、
スピリチュアルな存在から
届いたメッセージかもしれ
ないという期待からです。

確かに、正夢とか、逆夢
という形で、夢は、時折、
未来を映すことがある。

夢が未来を映すとなれば、
合理的な人も、それを
無意味とは言わないでしょう。

むしろ、その部分だけに
注目して、当った外れた
と一喜一憂するのです。

*

夢は、未来を映す。

いえ、正確に言うならば、
夢は未来を一足先に
体験した潜在意識の
リアクションなのです。

未来自体を映している
わけではない。

潜在意識にとっては、
それを感じ取った時が、
” 今 ” なのです。

すなわち、潜在意識の
” 今 ” が、私たちにとっては、
” 未来 ” だったというだけ
のことです。

*

無論、それは、自分では
ない他の誰か、例えば、
スピリチュアルな存在が
送ったメッセージでは、
ありません。

単なる ” 潜在能力 ” です。

そもそも、
スピリチュアルな存在
の定義とは何でしょう?

幽霊は、スピリチュアル
な存在で、私たちは、
そうではないというのも
妙な話です。

なぜなら、幽霊の存在を
前提にするなら、魂の
存在を認めなければいけない。

生きている人間に、
魂があるならば、
まさに、私たちも
” スピリチュアルな存在 ”
と言えるわけです。

そして、人が作り出すもの
は全て、スピリチュアルな
存在による仕事だと言う
ことも出来る。

芸術、音楽、ロケット、
人工衛星、ビル、車、食料品、
節税対策、政治活動・・

だから、スピリチュアルが
どうこうという議論に意味
は無いのです。

足元の影

夢は、私たちに何を
もたらすのでしょう?

” 夢に意味は無い ”

これは、もしかすると、
すごく真理を突いた言葉
なのかもしれなません。

ただ、そこにある。

それだけで、すでに
” 価値ある存在 ”
ではないか?

それだけで、
充分ではないかと。

*

人が生きる。

そこに ” 意味 ” など、
いるのでしょうか?

結局、夢とは、
人が生きているという
” 痕跡 ” に過ぎない。

人が生きることに
意味など必要無いと
言うならば、
夢を見ることにも
意味は必要ないのです。

明るい陽射しの中に
立てば、足元に影が
出来ます。

別に無くてもよいのですが、
それでも影は存在する。

それとも、私たちの方が
影で、地面に映った人型
こそが、主体なのでしょうか?

どちらでもよいのです。

ただ、言えるのは、
どちらも、今、存在
しているということ
だけです。

そこに、理由が
必要でしょうか?

広告