なぜ、人は怒り続けるの?|イライラを手放すために

例えば、
仕事やプライベートで
イライラすることは、
誰にでもあると思います。

それが、仕事ならば、
職場の人間関係であったり、
思い通りの結果が出せなかったり、
上司から不可能なことを
やるように命令されたり、

不本意な状況に置かれたとき、
腹が立ってくるのです。

プライベートなら、
夫婦間の問題であったり、
子育てに関する問題、
嫁姑の問題、経済的問題、
未婚者ならば、交友関係、
恋愛、学業、将来など、
様々な理由があるでしょう。

*

日常生活の中でも、
腹を立てようと思えば、
いくらでもポイントは、
見つかるものです。

粗を探せば、探すほど、
それは、発見出来る。

何だったら、降り続く雨に
怒ったっていい。

晴れたら、晴れたで、
” なぜ、休日に晴れなかった ”
と怒ればいい。

” 怒り ” という磁石

誰でも、イライラしたくは
ないものです。

ただ、面白いのは、
自分から、イライラする
ポイントを探し出して、
腹を立てているという
人間の奇妙な行動を
見かけることがあるのです。

例えば、
インターネットをしていて、
たまに、人目を惹きつける
ためなのでしょうか、
検索結果に、イラッとする
ような挑発的なタイトルを
見かけたとき、つい、
クリックしたりしませんか?

そこには、きっと、不快な
ことが書いてあるのです。

それにも関わらず、
そのページを見たくなる。

精神的にイラついている
時には、特にそう言った
ワードが目に入りやすい。

ネット上の炎上騒ぎも
結局、その挑発が、
イラついた人々を
引きつけている。

*

また、会社が終わり、
家に帰ってからも、
仕事中にあった不快な
出来事や、嫌いな上司
について、思い返したリします。

そして、
” あの屈辱は忘れない ”
とばかりに記憶を反芻する。

貴重な、プライベートの
時間を削って。

*

恋愛や、結婚に置いても、
二人の間にすでに愛は無くとも、

” 相手の思い通りにさせて
たまるか ”

という意地によって、
別れを拒んで事を余計に
ややこしくしたり、
裁判で子供の養育権を
争ったりするのです。

そして、お互いに
大嫌いな相手のことばかりを
考えて、一日の大半を過ごす。

まるで、二人が、
出会ったばかりの頃のように。

*

なぜ、人は、このように
” 怒り ” や ” 憎しみ ” に
引き寄せられてしまうのでしょう?

怒り続ける人

もちろん、筆者も
普通の人と同じように
日常生活の中でイライラ
することはあります。

例えば、
夜、眠れない時は、やはり、
イライラしてしまいます。

そして、
余計に眠れなくなる。

それでも、以前に比べて
ずっと、マシにはなったのです。

今は、就寝前に、
瞑想やストレッチなどをして、
リラックスをする時間を
取るようにしているのです。

*

以前、イライラばかり
していた時期がありました。

とにかく、
人間関係、仕事、ニュース、
日常のちょっとした事、
様々なことに怒っていた。

今になって考えてみると、
あの時は、自分が
望んている生き方から
目を反らしていたことが、
多分、全ての発端だったのです。

*

ただ、
あの時、イラつきながらも、
怒っている自分に対して、
ある種の ” 心地よさ ” を
感じていたのを覚えています。

奇妙な感覚ですが、それは、
多分、多くの人に共通する
ことではないでしょうか。

例えば、怒っている人を
なだめようとすると、
余計に怒ったりします。

それは、怒っている自分に
周りの人が、気を使って
くれるから、という理由も
あるかもしれませんが、

その根源には、
” 怒りを手放したくない ”
という心理があるように
思うのです。

*

仮に、問題がすぐに解決
してしまったとしても、
その人は、怒り続ける。

コロッと態度を変えたら、
周りに恥ずかしいから
でしょうか?

自分の周りに誰も
いなくても、きっと、
同じでしょう。

一度、怒りを感じたら、
その感情を簡単には、
終わらせたくないのです。

ハート・ロッカー

例えば、社会への不満を
ロック歌手が歌ったり、
テレビドラマでは、人が
衝突する場面を描いたり、
ワイドショーでは、
コメンテーターが辛辣に
政治批判をする。

インターネットでは、
度々、” 怒り ” が噴出し、
誰か、もしくは、
どこかの企業を攻撃する。

怒りが、一つの
自己表現になっている。

認めたくはありませんが、
” 怒り ” には、人を
惹きつける魅力があるのです。

*

なぜ、
惹きつけるのでしょう?

それは、
” 生きている実感 ” を
得られるからではない
でしょうか?

2008年に公開された
アメリカ映画
” ハート・ロッカー ” では、
イラク戦争を舞台にした
過酷な爆弾処理班の日常が
描かれています。

戦死した爆弾処理チームの
班長の後任を任された
ウィリアム・ジェームス軍曹は、
渇ききった戦場で、命を張って
様々な任務をこなしていく。

やがて、彼は、任期を終えて、
アメリカに帰国します。

しかし、ウィリアムは、
平穏な日常に暮らしながら、
自分の居場所を見つけられず、
最後に、イラクに戻って
しまうのです。

*

人は、生きている実感を
得るために、時に、平和より
戦いを選び、渇いた土地に、
あえて、住もうとするのです。

” 怒り ” という強い感情に
魅了されて、それと
共にあろうとする。

ある意味、世の中に噴出する
” 怒り ” は、生きる実感を
得られない人々の叫び
なのかもしれません。

心に忍び寄る者

ただ、” 怒り ” によって、
例え生きる実感が得られた
としても、そこには、
標的が存在するわけです。

つまり、
誰かを傷つけることには、
変わりありません。

それが、どこかの企業で
あっても、クレームを受ける
電話の向こうには ” 人 ”
がいるのです。

*

また、” 怒り ” が自分自身に
ダメージを与えることもある。

先ほども言いましたが、
イライラしていれば、
眠れないといった生活習慣に
影響が出る。

人間関係や、仕事にも
支障をきたすかもしれません。

やがて、それが人生にも
影響を及ぼすかもしれない。

簡単なことですが、それらは、
とても重要なことです。

慢性的な ” 怒り ” は、
自分の身を削るのです。

*

私たちは、
生きる実感を得るために、
自分の人生を危うくするという
” 魔のスパイラル ” から、
抜け出さなければいけないのです。

それには、自分が、
いつの間にか ” 怒り ” という
感情に魅了されてしまっている
ことに気づかなければならない。

それは、心に忍び寄る
悪しき存在なのです。

悪魔は、醜い怪物の姿では
登場しません。

魅力的な姿で
私たちに近づくのです。