夢分析することの意味|問題解決のための ” 鍵 “

とある日、筆者の元に夢鑑定を依頼するメールが届きます。

そこには簡単な夢の内容が書かれており、” 夢の意味を教えてください ” と書き添えられていた。

時折、こうした一問一答を求めるメールが送られてくることがあります。

多分、占い師に生年月日を伝えれば、即日にアドバイスが得られるというようなイメージで鑑定を希望されたのでしょう。

そもそも筆者は占い師ではありませんし、スピリチュアリストでもありません。夢分析を通してカウンセリングのようなことを行っているだけです。

” 夢に関することを色々とお尋ねしますが、数日間は必要です。予約を取られますか? ”

と筆者が尋ねると、依頼者は勘違いに気づき、次のように言って去っていきます。

” すみません。夢占いかと思っていました ”

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羅針盤の無い航海

” 夢 ” について、こうした誤解が一般的に浸透しているのも事実です。

つまり、近くにあるイタリア料理店や明日の天気予報を検索するような感覚で自身の見た夢の意味をインターネットで検索出来るという認識です。

そして、そのニーズに答えるために、様々な夢占いに関するウェブサイトが存在している。ただ・・そのニーズ自体が勘違いや誤解によるものだったとしたら・・

夢占いだけの話ではありません。心理学全般についても同じことが言えます。

” 女性が好きな人にだけする12のサイン ” とか ” 交渉相手を必ず落とす方法 ” というような広い意味で心理学を根拠とした情報が巷には溢れている。そして、実際にそういった商業的アプローチは現代の情報社会にマッチして成功を収めているように見える。

それが悪いとは言いませんが、筆者には、” 人の心とは、そんなに簡単に理解できるのだろうか? ” という疑念が浮かぶのです。

筆者の元に訪れた依頼者は、皆、誰もが一人一人違った人生を送っていました。お決まりのテンプレートに分類し、はめ込むことが出来る人は一人もいなかった。

誰にでも経験があるでしょう。何かの記事を読んだとき ” 現実は、そんな簡単にはいかない ” と思うことが。

現実は厳しく、教えられたとおりにやれば誰でも容易に攻略できるものではない。

インターネットという便利なツールは全てを提供してくれますが、世界中には悩める人々や自ら命を絶つ人々が今も存在している。

キーワード検索で悩み事を検索すれば、すぐさま回答を示し、解決に導いてくれるわけではない。もし、それが可能なら、すでに悩める人々は世界から根絶されているでしょう。

そこで提供されているのは ” ありきたりな情報 ” のみです。

そうした情報で救われることもありますが、結局、最終的には自身の目で見極め、自らの意思で何かに向かって進まなければならない。

そして、目の前に立ちはだかる ” 現実 ” という壁。

私たちは海図も羅針盤も持たずに海原を航海をしているようなものです。

単なる自己観察

筆者はこのブログで、度々、自身の心の声に耳を傾けるべきと言っています。そのために夢分析するわけですが、誤解を与えないために、説明しておいた方がよいでしょう。

これは、単なる自己観察の薦めに過ぎません。

言わば、アスリートが自分を撮影した動画を見直して、フォームをチェックするのと基本は同じです。

存在するかどうかも分からない精霊や神を持ち出しているわけでもありませんし、宇宙の未知なるエネルギーがどうこうというスピリチュアルについての話でもない。

信じるか、信じないかという次元の話でもありません。

そもそも、その夢は、あなた自身が作ったものですから、潜在意識があなたに嘘をつく理由は無いのです。

例えるなら、次のようなことです。

日曜日の朝、ベッドの上で ” ああ、このまま眠っていたい “ と思って布団を被っている。

しかし、あなたの中でもう一つの声が聞こえる。

” 休日をダラダラと無駄に過ごしていいんですか? ”

その声は嘘ではありませんし、信じるも何も、あなたの声ですよね?

夢とは、その声が映像に変換されているだけです。そして、声の代わりに、まだ、うたた寝をしているあなたに、次ぎのような夢を見せる。

起き上がって、布団を畳んでいる。

これは、日常のちょっとしたことが夢になっているだけなので、それほど意味のあるメッセージに思えないかもしれない。

しかし、苦境に立たされて希望が見えない時、仕事に忙殺されて思考停止してしまっている時、人生の進路が分からなくなってしまった時にも夢は作られる。

夢には意味が無いという人もいます。

それは、あなたが苦しんでいる時にあなたの潜在意識は、それを無視して無意味な夢作りをしているということでしょうか?

潜在意識とは、あなた自身です。それは ” 一つの命 ”

転んで膝を擦りむいた時、血を流し続ける膝を放置しますか? 潜在意識は、必ず、あなたを助けようとする。

アスリートは、よい成績を出すために自身のフォームを撮影して、それを客観的視点でチェックします。

では、自分のフォームを全くチェックせず、他の優秀な選手のフォームだけを参考にするとしたら、もしくは、有名なインストラクターが考案したトレーニング方法を練習に取り入れるとしたら、どうなるでしょう?

そもそも自分のフォームがどうなっているのか知りませんから、優秀な選手のフォームだけを見たとしても、その違いが分かりません。

新しいトレーニング方法も、結局、自分のフォームが分かりませんから、どの筋肉を強化すべきかが分からない。もしかしたら、見当違いのトレーニングをしているのかもしれません。

つまり、最初に自己観察が無ければ、外部の知識がどれだけ素晴らしいものであったとしても有効活用できないのです。

私たちは、インターネットによってあらゆることを容易に知ることが出来る。それが容易であるゆえに自己観察をするよりも先になってしまう。

そして、上記のアスリートのような問題にぶち当たる。自身を理解しないまま、優れたものだけをチョイスして、それを実践するという合理的思考です。

スポーツの世界ならば、結果が数値としてはっきりと示される。悪い成績が続けば、トレーニングが間違っているのではないか、と気づくことも出来ます。

しかし、日常生活や人生においては、そういった明確な結果として表れる場面は少ない。むしろ、原因も分からずに、ずるずると誤った考え方を続けていることの方が多いのではないでしょうか。

気づいたとしても数か月とか、下手をすれば数年後かもしれません。一生気づかないということも。

とは言え、自己観察を全く行っていないという人はいないでしょう。

ネットで何かを検索した時に、自分にそれが当てはまるのか、そうでないかの判断ぐらいは誰でもすることです。

重要なのは、それが客観的視点なのか、ただ、自分でそう思っているだけなのか、あなたに限っては、自分のフォームを正確に把握しているのかもしれない。

しかし、もし、そうではなく自分では自覚していなかったフォームの癖を見つけたとしたら・・

夢を分析するかどうかは別としても、いずれにせよ自己観察は重要だというのが筆者の考えです。

本当に夢分析で救われるのか?

多分、この疑問が最も知りたいことではないでしょうか。

” 夢を分析して、人は救われるのか? ”

時間をかけて分析した結果、何の意味も無かった。問題解決に繋がらなかったとしたら、その作業に価値はあるのか?

先ほど、筆者は夢分析を通してカウンセリングを行っていると言いましたが、実際、筆者がクライエントを救ったということは一度もありません。

ある程度のナビゲートは出来たかもしれませんが、依頼者の皆さんは、それぞれが自身で ” 答え ” らしきものを見つけていくのです。

そして、その ” 答え ” は、あくまで問題解決のための ” 鍵 ” に過ぎず、問題自体を消し去ってくれるわけではない。

現実にある問題を解決するためには、現実的行動が必要なのです。潜在意識に現実を変える力はありません。あなたの ” 行動 ” が無ければ、潜在意識から送られたメッセージは、それこそ無意味になってしまうのです。

ところで、世間では、” 夢 ” について軽視する向きもある一方で、必要以上に神秘性を求める向きもあります。

例えば、予知に関する夢や、霊的存在に関する夢など、安易に夢を神秘主義と結びつけてしまう傾向です。

地震の夢を見れば、それを予知夢だと捉え、SNSで ” 拡散希望 ” とハッシュタグを入れて投稿する。震災後にそういった投稿が頻発し、デマが広がったことが実際にありました。

他にも、怖い顔をした死者が登場する夢を見て、何か悪い出来事の予兆ではないかとノイローゼになってしまう未成年の若者もいます。

人はメンタルが弱っていると、通常なら気にならない小さなこと、ネガティブな情報に振り回されてしまうことがあります。夢が難解であり、容易に解釈できないということが返って神秘主義的思想と結び付きやすい原因になっている。

それらは、夢解釈の本質ではありません。

夢が、あなたを救ってくれるわけではない。あなたを救えるのは、あなたの現実的な行動でしかない。

ただ、夢が行動を起こす ” 動機 ” を与えることはあります。そして、それは単なる ” 動機 ” であり、それ以上でもそれ以下でもない。

” 夢 ” に奇跡を期待するなら、それは誤りです。潜在意識は、私たちが思っている以上に現実を見ている。

自身が道に迷っていることを知っている。嘘の仮面をつけて生活していることを知っている。その淡い期待感に根拠がないことを知っている。

潜在意識の使うカードの絵柄が幻想的だというだけで、カードを配置して表現されたそれが ” 幻想 ” だとは限りません。

 

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