星座占いや四柱推命、姓名判断など、
多くの占いはパターンと統計データ
によって運命を導き出すという
アプローチを取ります。
星座占いならば、私たちは、
12のパターンに分類されるわけです。
そこには、12の答えがある。
この人を分類するというアプローチは
至るところで使われている。
外国映画では、イタリア系とかユダヤ系
というような表現がよく使われますが、
これは人種による分類です。
また、現代のITや
マーティングビジネスの分野でも
ビッグデータと言われる多くの
個人情報からその傾向を探るなど、
ここでも人をパターン別に分類し
有効活用しています。
日常生活でも、私たちは何となしに、
血液型やファッション、年齢層、
生活スタイル、主義主張などで
誰かのことを分類するのです。
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唯一の理解者
分類すること、
いわゆる ” カテゴライズ ” が、
なぜ、必要なのでしょう?
それは、人を理解するために
合理的だからです。
例えば、誰かに異性の友人を紹介する時、
職業や趣味を伝えるだけでも、
何となくその人をイメージ出来ます。
テンプレートに人物をはめ込むことで
容易に人物像を把握できる。
そして、それは大抵、的を得ている。
それについては、
何も問題が無いようにも思えます。
その人物がどこにでもよくいる人、
つまり、マジョリティである限りは・・
その人物とは、あなたです。
*
本当に、あなたは既存のテンプレートに
綺麗にはまってしまう
マジョリティなのでしょうか?
あなたには、
これまで送ってきた人生がある。
そこで経験してきたこと、得た知識、
培ってきたもの、それが、
” 個性 ” となって今のあなたを支えている。
それを筆者は知る由もありません。
いえ、筆者に限らず、
誰もあなたの ” 個性 ” を
100%理解している人はいない。
それが配偶者や両親であっても。
それを知っているのは、
あなた自身だけです。
ゆえに、誰かに100%の理解を求め続ける人は、
必ず、途中で挫折を味わうことになる。
人を理解するというのは
一筋縄ではないのです。
*
カテゴライズの利点は、
人を素早く理解出来ることです。
そして、欠点は、それが
表面的な理解に過ぎないということです。
なので、カテゴライズしたからといって、
その人を本当の意味で
理解したということにはならない。
例えば、人種や国籍によって
起こる偏見や差別の問題も
結局は、人をカテゴライズする
ところから始まっているのです。
日本に旅行に来た外国人が
マナーが悪かったとしても、
その国の人全員が、マナーを
守らないとは言えないわけです。
しかし、私たち日本人は、
” どこどこの国は、マナーが悪い ”
と国ぐるみで批判をする。
カテゴライズによる理解が裏目に出て、
こうした偏見を生み出すのです。
人類最初の人
星座占いでは、
人は12のタイプに分類できるわけですが、
実際は、同じ御羊座であっても、
犯罪者になる人もいれば
成功者になる人もいる。
人によって個人差が出る。
パターンに分類される段階で
” 些細な違い ” として、
端数処理されてしまう ” 個人差 ” が、
実は人生に大きな影響を与えている。
それは、
パターンの枠を覆すほどの影響です。
もし、そうならば、果たして
分類する必要などあるのでしょうか?
こう考えることは出来ないでしょうか。
もし、星座や誕生日によって、
予め運命が決まっているというなら、
見過ごされた ” 個人差 ” には、
その運命を覆す力が
あるということになります。
つまり、その人の個性こそが、
” 道を切り開く鍵 ” だと。
*
あなたの個性は星座や誕生日、血液型など、
統計データの複合体ではありません。
それぞれのカテゴリが
重なった交差領域にあなたが
立っているわけでもない。
あなたは、最初から一つの存在です。
それを、見ず知らずの誰かが
勝手にカテゴライズし、
タイプ別に分類しているだけなのです。
あなたが最初に存在し、
カテゴリーとは後付けされたものです。
人類最初の人が聖書に登場するアダムならば、
アダムをカテゴライズすることが
出来ないのと同じです。
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アノマリーの先に
個人を識別するためにより精度の高い
統計を行おうとすればするほど、
変数は多くなっていく。
変数が増えていくほど母数が減っていき、
やがて、一人の人間に辿り着く。
” あなた ” と言う。
しかし、この時点で、もはや、
そのデータは ” 統計 ” とは呼べない。
あなたと全く同じ人など、
この世界には一人もいないからです。
*
” アノマリー ” という言葉があります。
普遍的な法則から見て、
理論的に説明出来ない異常値
を示すデータのことです。
つまり、例外的個体。
あなたは、その ” アノマリー ” なのです。
自分を型にはめないでください。
仕分けされやすいように
誰かの用意したカテゴリーという箱の中に、
自ら入ろうとしないでください。
あなたはマジョリティでも、
マイノリティでもありません。
あなたは、” あなた ” です。
道を切り開くために、
自分の望む人生を手に入れるために、
自分の個性を大切にすべきです。
自身を否定して、
誰かと同じ仮面をつける必要は無いのです。
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