あなたの中の見過ごされた能力|潜在的予知夢

夢が未来を映すことは、
取り立てて珍しいことではありません。

誰にでも起こりうることですし、
一生に一度、あるか無いか
というような稀な現象でもない。

もっと日常的なレベルの話です。

霊感がある、または信仰がある、
もしくは、善人であるとか、
悪人であるとった人間性によって
決まる話でもありません。

言わば、視覚や聴覚、嗅覚といった
五感の延長線上にそれがある。

限られた少数の人々だけが持っている
特別な能力ではないのです。

では、なぜ、そういった能力を持った人と、
そうでない人がいるのでしょう?

*

さて、昨日見た夢を覚えている人は
どれぐらいいるでしょう?

多分、よほど印象深い夢でもない限りは、
ほとんどの人は覚えていないし、
夢について深く考えたりはしない。

しかし、明らかな予知を一度でも
経験した人ならば、普通なら見過ごして
しまいそうな何でもない夢にすら
意識を向けるようになるでしょう。

” これは、何かのお告げではないか? ” と。
そして、夢と現実の出来事に
細かな偶然の一致を見つけるようになる。

特別な能力を持つ者と、
持たない者の決定的な違いは、
それに関心を持っているか、
持っていないか、という違いに過ぎない。

つまり、特別な人々が持っているのは、
” 能力 ” と言うより ” 関心 ” です。

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予知夢に対する偏見

あなたもすでに未来に関する夢を
いくつも見ているはずです。

ただ、それに気がついていない。

関心が無いからでしょうか?

いえ、この記事を読んでいるということは、
そうではない。

例えば、あなたが何か問題を抱えていて、
解決法を探しているとしましょう。

インターネットで調べ回ったが
それらしき情報は見つからなかった。

しかし、SNSでその問題について呟いたら、
見知らぬ人からあっけなく答えが返ってくる。

それは、あなたが何の関心も持たなかった
タイムラインに流れては消えていく
どうでもいい呟きをしていた人です。

つまり、関心はあるが
” 答えはそこには無い ” という思い込みが
私たちを答えから遠ざけている。

*

一般的に、” 予知夢 ” に対するイメージは、
神秘現象のように語られることが多い。

そして、他の雑多な夢とは違って
” 特別な夢 ” として区別されるのです。

神や天使、霊、宇宙からのメッセージなど、
スピリチュアルな領域のものとして
扱われることもあります。

確かに、未来の出来事を何の情報も無く
予知するというのは、通常では
不可能ですから、そう思われても
仕方が無いのかもしれません。

ですが、筆者は人が睡眠中に予知夢を見る
という現象は ” 研ぎ澄まされた直感 ”
のようなものだと考えます。

起きているときは、
視覚や聴覚から様々な情報が入ってきますし、
外部から入ってくる多くのそれらを
処理し続けなければいけない。

日常生活では人は何かと忙しい。

ゆえに、心の中に不意に湧き上がる
イメージや感覚に気づきにくい。

しかし、眠っている間は
外部の情報は遮断されますから、
心の中に起こる小さな変化に目を向けやすい。

そこに、未来への示唆が
含まれているというだけです。

*

” 潜在意識とは言え未来を知ることは不可能。
時間の摂理に反している ”

と言う意見もあるかもしれませんが、
夢に未来が示唆されることは事実あるわけで、
それが、科学で証明出来るか出来ないかは、
潜在意識にとってはどうでもよいことです。

神の存在に科学的根拠が無いからと言って、
信仰そのものが無意味だとは言えないでしょう。

実際にそれによって救われる人がいるのならば、
神が存在しなかったとしても意味がある。

神の存在を証明することに意味が
あるのでしょうか?

あなたが何か夢を見た。

そして、それが数日後の出来事を示唆していた。
それ以上でも、それ以下でもない。

それが真実かどうかを誰かに
証明する必要は無いのです。

そもそも夢とは、あなたに向けて作られた
潜在意識からのメッセージであり、
自己完結した創造物です。

他人に自分の奇跡体験を信じ込ませて、
信者を集めてビジネスを始めるというのでも
無い限りは、誰かに証明しなければならない
理由など無いはずです。

事実が歪曲される性質

多くの人は、予知夢を見た経験が無いか、
非常に少ないと考えるでしょう。

それは関心が無いということとは別に、
夢が支離滅裂で理解できないという
背景もあります。

夢の特殊な性質が
未来への示唆に気づきにくくしている。

具体的に説明しましょう。

例えば、あなたが、地震の夢を見た後に
実際に地震があったとします。

未来の出来事が、そのまま映し出される
まさに予知夢です。

では、次のような夢ならばどうでしょう?

2リットルのミネラルウォーター数本が
玄関に置きっ放しになっている。

この後、地震が起こることを察知した
潜在意識が万一に備えて水を備蓄しようと
しているわけですが、

多分、ほとんどの人は夢から覚めても、
それが地震と関連している夢だとは思わずに

” 何でペットボトル? ”

と疑問を持つだけでしょう。

*

また、次のような夢になるかもしれません。

自宅のすぐ前で工事が行われている。
大きな重機が騒々しく動いている。

不安を打ち消すために地震の揺れを
工事現場の騒音と振動にすり替えて、
誤魔化そうとしています。

実際に揺れるよりも前に。

夢を覚えいてる人なら、その後、
地震が起こった時に工事現場の夢と
地震が何となく関係があることに気づくかも
しれませんが大抵は覚えていないものです。

無論、地震の前兆としてペットボトルや
工事現場の夢を見る。というような
夢占い的なことを言っているわけでは
ありません。

出来事に対するその人個人の
リアクションが夢になっている
だけなのです。

ですから、人によってその表れ方は様々。

*

もし、ペットボトルや工事現場の夢
を見たとして、
それを地震の暗示だと解釈した場合、
次のような意見もあるかもしれません。

” それは、こじ付けだろう ”

まさに、夢が理解されない理由も
そこにあります。

夢は ” 主観 ” によって作られる。

その人が見たもの、もしくは
これから見るであろうことが
映像化されるわけではなく、
その人が ” 感じたこと ” が映像化
されているのです。

失恋した若者が世界が終わったと思えば、
夢は世界の終末を描く。

昨日、凝りもせず忘れ物をして
先生に怒られた子供は、
その出来事をいちいち夢にしない。

なぜなら、
怒られたことを忘れているからです。

夢は本人の感じ方次第でどのようにでも
描かれる自由な創作物。

無論、その解釈をこじ付けだとして
否定することも出来るのです。

もっと別の解釈をこじ付けることも
可能ですし、夢に意味など無いと
完全否定することも可能。

*

フランスの芸術家、マルセル・デュシャンは
1917年「泉」というタイトルの作品を
展覧会に出品しようとして主催者側から
展示拒否されてしまいます。

その作品は、端っこに ” R.MUTT ” と
サインされた便器だったわけですが、
当時、これがアートか、そうでないか、
業界では物議を醸した。

これは、アートでしょうか?

もしくは、適当に思い付きで作った
馬鹿げた ” お遊び作品 ” なのでしょうか?

それは、誰が決めるのでしょう?

著名な芸術評論家で構成された
委員会でしょうか?

そもそも、アートとは自由な創造です。

人が何かを感じる。
何を感じようとそれは自由です。

そして、感じたことが映像として夢になる。

” こじ付け ” とは何でしょう?

それは、不正解であると認識しており、
正解が別にあるという認識です。

そもそも、この議論に
最初から正解など存在しないのです。

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潜在意識の一側面

さて、出来事そのものが、
映し出されるいわゆる ” 正夢 ”

世間一般で ” 予知夢 ” と呼ばれている
のもこのタイプの夢です。

そして、正夢は確かに稀な現象です。

なぜなら、夢は常にそれを見る本人の
” 主観 ” よって歪められることが
ほとんどだからです。

もしかしたら、厳しい修行を積み、
” 主観 ” を自身から取り除くことが
出来たチベットの高僧ならば、
夢が事実をそのまま映し出すことは
あるかもしれませんが、

通常は出来事に対して何らかの
感情を抱くものですし、
こうであって欲しいという
” 願望 ” は必ず付きまとうものです。

そもそも、願望がなければ、
夢は生まれないのですから。

*

筆者の言う ” 予知夢 ” とは、
正夢に限らず、
未来の出来事を発端にしたものならば、
全てをそう呼んでいます。

そう言った意味で言葉の定義が
一般的なものとは、少々、
違っているかもしれません。

それに重要なのは、言葉の定義ではなく、
潜在意識が未来を察知する能力がある
ということです。

察知し、そこで何を感じ、
それをどうしたいのか?

” 主観 ” によって、
それは都合良く書き換えられ、
全く別の光景へと作り変えられる。

夢は、未来の出来事をそのまま映すことは無い。

あなたも、すでに予知夢を
繰り返し見てはいるはずですが、
この夢の性質を知らないために
その多くを見過ごしているのです。

*

誰でも、夢を見ます。

そして、夢を深く観察すれば、
誰もが自分の潜在意識の能力を
垣間見ることが出来る。

その能力は最初から、
あなたに備わっているわけですから、
厳しい修行をしてマスターするような
ものでは無いのです。

必要なのは、関心を持つこと、
そして ” 記録 ” です。

ボイスレコーダーで夢を録音し、
毎日の出来事と照らし合わせていくことで、
出来事と夢に繋がりがあることを
発見できるでしょう。

今日から始めようと思えばすぐに出来る。

この記事に書かれていることが、
真実かどうかを確認することも
容易に出来ます。

自身の夢によって。

ただ、この記事で説明しているとおり、
夢には一般的な視点では分かりにくい
部分があるのです。

それを理解した上で夢と向き
合わなければならない。

いずれにせよ、夢が未来を予知することは
突拍子も無い話ではなく、
いつもあなたのそばにいる
潜在意識の一側面に過ぎないのです。

 

関連記事 : 願望夢と予知夢の見極め方|予知夢の仕組み

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