夢の中で、言われのない罪を着せられ、自分には全く身に覚えが無いという奇妙な設定。冤罪の夢。
例えば、突然、自宅に警察官が訪れて逮捕されてしまう。見知らぬ人に、突然、怒られる。誰かのミスが、なぜか自分のせいになる。周りの人に白い目で見られるなど。
それは、大抵、日常的なシチュエーションの中で理不尽な状況を描く。
潜在意識は、なぜ、このような夢を作るのでしょう?
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不自然なセリフ
次は、とある女性が見た夢の一例です。
スーパーで大柄な警備員に止められ、鞄の中を見せるように言われる。
” あなたがしたことは、はっきりしてるんだ!”
警備員は私を万引き犯だと決めつけ、鞄を取り上げる。
” 抵抗するなら力づくでやりますよ! ”
何かの間違いだと思い、私は無抵抗で突っ立っている。
突然、万引きを疑われ、拘束されるという内容です。
まず、最初に理解しておきたいのは、この夢を作ったのは彼女自身だということです。つまり、彼女自身が、自分に疑いがかかるという設定を選んでいる。
一見すると、何らかの不正行為を犯した罪の意識から、自らを罰している心理を描いているようにも見えます。
ただ、彼女には、そのような不正行為に心当たりが無かった。確かに夢の中でも、万引き行為を濡れ衣だと認識している。
また、夢の内容には、一点、不可解な部分があります。
それは、抵抗もせずにただ立っている彼女に対して、警備員は、あたかも彼女が抵抗しているかのような態度で接している部分です。
無抵抗な女性に対し、” 抵抗するなら・・・ ” と切り出す警備員のセリフは、少々、奇妙です。
*
筆者は、尋ねました。
「鞄をすぐに渡さなかったので、警備員がそれを ” 抵抗 ” だと捉えた、ということですか?」
「いえ、普通に渡しました」
「抵抗する素振りは一切取らなかった?」
「ええ、一切」
「つまり、鞄を渡した後に警備員が ” 力づくで云々 ” と言ったのですか?」
「そうです。他にも色々と言われて」
「どういった・・?」
「セリフは思い出せませんが、とても私を蔑んだ感じです。女がどうのこうのって・・・」
「女・・・」
「心の中では ” 何なのこのオッサン ” と思っていました」
「それに対して、言い返したりは?」
「しませんよ。相手が警備員ですから・・それに、鞄の中を調べれば分かることなので」
「結局、鞄の中は確認できたのですか?」
「いえ、途中で目が覚めてしまって・・」
冤罪を描いた理由
彼女は夢の中で、全く身に覚えの無い言いがかりに腹を立てながらも、事を荒立てないために従うつもりだった、と言います。
ここで夢の内容について、振り返ってみましょう。
彼女の潜在意識は、夢の中に警備員を登場させ、そこで自身を犯罪者扱いした。
警備員には、状況にそぐわない威圧的な態度をとらせています。
その態度と不自然なセリフから分かるのは、鞄を調べることが目的ではなく、彼女に圧力をかけることが目的である、ということ。
また、彼女は警備員に強硬な態度を取らせながら、同時に鞄の中を確認することで、疑いがすぐに晴れることも知っています。
自分が何も盗んでいないのは明白。数分後には、自分よりも体の大きな警備員は、帽子を取って謝罪することになるでしょう。
だから、それまでの間は、出来るだけ警備員に横柄な態度を取らせて、後で彼に思いっきり恥をかかせようとしている。
ただ、彼女が目覚めてしまったために、この夢は結末を向かえる途中で終わってしまうのです。
*
彼女の話では、現在勤めている職場は、女性従業員が少なく、男性社会の古い体質が残っていると言います。
日頃から女性たちは、それを黙って受け入れながらも肩身の狭い思いをしていた。
彼女が置かれた状況から察するに、この夢は、男性社会の中で生きる女性が感じた ” 男 ” という生物。そこに垣間見える性差別的な驕り、威圧的態度に対する ” 反発心 ” を描いていたのかもしれません。
大柄の警備員は、彼女から見た ” 働く男 ” の象徴だったのでしょう。
頭が固くて、見当違いの考えを相手に押しつけ、自分が常に正しいと思っている愚かな存在として。
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長い行列
では、もう一つ夢を紹介しましょう。次はとある女性が見た夢の一例です。
長い行列の中にいる。
突然、後ろから声がする。
” あなた、私より後ろだったよね ”
振りかえると、後ろに並んでいる何人かが、不満げな表情で自分に注目している。
誰かが叫ぶ。” 順番を守れ! ”
自分は、なぜ、行列に並んでいるのか思い出せない。
長い行列の中でストーリーが展開するという抽象的な雰囲気を持つ夢。この夢の注目すべき点は、はやり、彼女が行列に並んでいる理由です。
筆者は尋ねます。
「それは、何の行列だったのですか?」
彼女は、” 分からない ” と答えます。
最初は並ぶ必要があって並んでいた気がするが、最後は ” なぜ、私はこんな所にいるのだろう? ” と、自分が行列の中にいる理由が思い出せなかったと言います。
行列は長く、それがどこから来ているのかも不明。
何となく並んでいたら ” 順番を守れ ” と、突然、言われた。無論、彼女には横入りをした覚えはなく、ただ、その場で戸惑うだけだった。
一体、この夢の意味は何でしょう?
彼女が感じていること
筆者は、この抽象的な夢は日常を描いているというより、もう少し、俯瞰的なテーマを描いているように思えました。
夢の中で彼女は、行列に並んでいる理由を見失っている。筆者は尋ねます。
「今、自分のやっていることが、何のためなのか、分からないと感じることは?」
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彼女には、最近、思うことがありました。
現在、三十歳を迎える手前になって、将来について真剣に考えなければならないと感じ始めていたと言います。
キャリアアップや結婚について、インターネットで色々と調べ、婚活サービスにも登録したそうです。
しかし、調べれば調べるほど、自分の理想とする将来が淡い夢のように思えてきた。
” 幸せになるために、そこまでしなければいけないの? ”
妥協を余儀なくされ、血の滲むような努力をして、人々が幸せをつかもうとしている姿を見て、そう感じてしまった。
*
夢の中の行列は ” 人々の理想とする幸せ ” に向かって延々と続いています。彼女は、一応はその列に加わっている。
そして、身に覚えの無い並び順のことで、後ろから非難を浴びせられる。
彼女に視線を向ける人々は、ルールを守り、誰が後ろだとか、前だとか、お互いに監視をし合いながら幸せを渇望する人々。
他人と自分とを比較して、自分がどれぐらい幸せなのか、ランクをつけたがる現代人を描写しているようにも見えます。
結局、そういったい競い合いも、長い行列の中では大した意味を持たない。
夢の中で彼女は、次のように感じたのかもしれません。
” 行列に並ぶことに意味があるのだろうか? ”
” こんなところで時間を潰すことが、幸せなんだろうか? ”
彼女いわく、夢の中で順番を指摘された後、並んでいる理由を思い出せず、列から外れようとしたところで目覚めたと言います。
つまり、夢の中で遭遇した身に覚えの無い批判をする人々は、彼女から見た ” 幸せを渇望する人々 ” のイメージそのものだった。
” 囚われた生き方からの離脱 ”
それが、この夢が作られた目的です。
得るもの無き代償
今回紹介した二例の夢では、夢を見た本人が、冤罪に巻き込まれるという設定ですが、罪悪感が描かれているわけではありませんでした。
最初の夢では、” 警備員の過ち ” という形で冤罪を作り出しました。要するに、登場人物を ” 無実の人に罪を着せた罰せられるべき罪人 ” に仕立て上げた。
それは、男性の愚かさを描くために必要な演出でした。
行列の夢では、とある女性の ” 幸せ ” に対する人生観を描いていました。
彼女に向けられた非難は、人々の欲望を可視化した結果です。それが冤罪という形式で描かれただけだった。
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とは言え、実際に、罪悪感が冤罪の夢として描かれることもあります。
例えば、現在、浮気をしている人が、全く知らない異性に言いがかりをつけられる夢を見たとしましょう。
本来は、浮気相手か、恋人に責められるべきところをわざわざ赤の他人を引っ張り出して、攻撃させているわけです。
その真意は、赤の他人からの攻撃ならば、自分は ” 不運に遭遇した第三者 ” という立場で問題を片づけることが出来る。それが恋人からの追求ならば、当事者として言い訳を考えなければなりません。
要するに、一応は罰を受けながらも、人物をすり替えることで、最悪の事態を回避しているわけです。
設定によって罪悪感を間接的に解消しながらも、ダメージを最小限に留めようという心理です。
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潜在意識にとって、夢の中の ” 罰 ” は、何らかの目的を達成するために使われる演出の一つです。
現実世界で罰を受けることは、誰もが避けたいと考えるでしょう。それは、何かを得た後にやってくる ” 代償 ” とも言える。
つまり、冤罪とは ” 得るもの無き代償 ” なのです。
それは、現実世界で実際に起こりうることですが、夢の世界で ” 得るもの無き代償 ” は存在しません。
夢を見ている本人は、必ず、災いを受ける代わりに何かを得ているのです。
なぜなら、夢を見ている本人の意図そのものが夢になるわけですから、意図しないアクシデントは、そもそも夢に描かれない。
仮に、そういった夢を見たとしたら、それは ” アクシデント ” に見せかけた結果です。
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では、もし、現実世界であなたが、冤罪トラブルに巻き込まれるとしたら、どういった夢になるのでしょう?
いわゆる、悪い出来事の予兆として。
多分、現実世界で受ける予定の ” 罰 ” そのものを忠実に再現はしないでしょう。
潜在意識は、訪れるべく災いを回避するために様々な仕掛けをします。その結果 ” 罰 ” は形を変えて描かれる。
原型を留めないほど変わることもあれば、一部が残る場合もある。それはケースバイケース。
また、厳密には、夢に描かれるのは出来事そのものではなく、出来事に対する私たちの ” リアクション ” の方です。
それを表現するために、現実に似せた世界を夢の中で再現するのです。
” イメージ ” は主体ではありません。
あくまで、客体です。
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