ここに、信じていた人に裏切られ、傷ついた一人の女性がいます。
事実が明らかになって間もない時期、彼女の中には、ネガティブな感情が渦巻いている。
裏切者に対しての怒り、理想を打ち砕かれた悲しみ、そして、喪失感・・
” 怒り ” は、衝動的で最もエネルギーを消費します。故に持続させることが出来ない。通常、最初に消失していく感情です。
発作的に何かをきっかけに思い出すことはありますが、徐々に小さくなっていく。
次に消失していくのは、” 悲しみ ” です。怒りよりはエネルギーの消費量は少なく、持続性があります。
やはり、悲しみにも発作的な反芻がありますが、怒りよりはアップダウンが緩やかで尾を引きやすいのが特徴。
では、最も彼女を苦しめるのは、何か?
それは、” 喪失感 ” です。
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波の運動法則

喪失感の波は悲しみよりもさらに緩やかで、余韻が長い期間残り続ける。
そして、怒りや悲しみとは違い、石膏の仮面を被ったように感情が表情や行動に表れない。周りの人から見れば、ちょっと元気が無い程度の認識しか持たれない。
しかし、メンタルは綱渡りをしているような緊迫感と微妙なバランスによって辛うじて保たれている状態です。
衝動的な怒りを鎮めるのは、それほど難しくはありません。車の中で大声で怒鳴り散らすか、裏切者のスマホを地面に投げつけて叩き壊せば、大抵、数分後にはおさまっている。
悲しみは、涙が枯れるまで泣き続ければ、何となく気が済んだ感じがして、落ち着きを取り戻すことが出来る。最初の波でも持って24時間以内でしょう。
問題は、喪失感です。
深い霧に迷い込んでしまったような、何をしていても虚しさが心を締め付ける。希望を失い、ただ茫然と立ち尽くす。それが永遠に続くような気さえしてくる。
*
怒りは、最初の波が最も高く、二度目に訪れる波は最初の波よりは、必ず低くなります。
それは、裏切られた記憶を思い出して再び怒りが込み上げてくるわけですが、その記憶に対して慣れることが理由です。言い変えるなら ” 耐性 ” でしょうか。
二度目の波の方が大きくなるとしたら、新しい事実を知ったか、気づいたからでしょう。基本的には時間が経過する毎にそれは小さくなっていく。
悲しみについても、波の速度や持続性が違うだけで、その運動法則は、ほとんど同じです。
なぜ ” 耐性 ” がつくのか?
それは、身体がエネルギー消費を節約するため、と筆者は考えています。
毎回、嫌な記憶を思い出す度に、同じエネルギー消費量で怒っていればメンタルは疲弊してしいく一方です。
脳に忘れるという機能が無ければ、人は詰め込まれていく記憶に押し潰されてしまうでしょう。
だから、最もエネルギー消費量が低い喪失感は、ちょっと過去を振り返るだけで、十分なエネルギーを補充でき、ローコストで維持できる。
過去を振り返る回数は、波を作るための燃料を投下した回数です。
怒りは、それをすぐに消費できるので、尾を引かない。しかし、喪失感はじわじわと消費するので、なかなか燃料を使い切ることが出来ず、長く尾を引く。
ここから考えれば、喪失感に対する対処はシンプルです。
燃料投下を止める。つまり、頭の中で過去を振り返り続けない。
なぜ、燃料投下を止められないか?
さて、ここからが問題です。それは頭の中ですから、振り返りたくなくても、つい考えてしまう。何かをしている最中に、ふと思い出してしまう。
むしろ、スマホで撮った昔の写真を眺めて、自ら思い出そうとすることすらあります。
失恋の痛みを癒すのは、新しい恋だと言う人もいますが、それは、ある意味、理に叶ってはいる。新しい恋に躓かなければ。
別に恋でなくても、スポーツでも、旅行でも、勉強でも何でもよいのです。過去を振り返る時間さえ減らすことが出来れば。
旅行に行ったが気が晴れなかったとしたら、展望台で景色を眺めながら、頭の中で別のことを考えていたのでしょう。
ただ、振り返らないというのは極めて難しい。なぜなら、傷ついた人は ” 救い ” を求めるから。
*
彼女にとって ” 救い ” とは、恋人からの謝罪であり、二人の間の誤解を解き、和解することです。
もし、” 救い ” が必要ないとしたら、もう、すでに問題は解決されています。そこに諦めきれない心があるから、苦しんでいるわけで。
” もしかしたら、二人はもう一度、やり直せるかもしれない ”
という希望がある限り、彼女は、感情の海に燃料を投下し続けることになる。やり直すための糸口を探るために、過去を振り返り、何が間違っていたのか、何をすべきだったのかを見出そうとする。
彼女には、二つの選択肢が与えられています。
希望を取り戻すために過去を振り返るか、苦しみから逃れるために過去を忘れるか、彼女が前者を選択することは明白です。
だって、その方が一番いいから。
後者を選択できるなら、すでに実行しているでしょうし、そもそも悩み苦しんではいない。
つまり、その僅かな希望が、彼女の苦しみを助長している。
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蜃気楼
彼女は気持ちを整理し、動揺を抑えるために次のように考える。
” 何か事情があったに違いない。話し合えば、和解できるはずだ ”
無論、そこには ” 決裂 ” という二文字は存在せず、” 和解 ” だけが唯一の着地点という前提の話し合いです。
そして、愛し続けるための理由を探そうとする。
” 私への愛は嘘じゃなかったはずだ。あの人は、ちょっと間が差しただけ ”
この言葉は、意外にも事実を言い当てている。
裏切者が彼女を愛していたのは事実でしょう。そして、間が差したというのも事実でしょう。ある意味。
世の中に絶対はありません。100%完璧な裏切りもありませんし、100%完璧な誠実さもない。
どんなに悪人でも、1mmぐらいの優しさは当然ありますし、どんなに誠実な人でも1mm 程度の狡さはある。
一度も間が差したことが無いというなら、それは相手を傷つけないために嘘をついているだけです。表立って行動したり言わないだけで、それは誰でも経験する。
だから彼女への愛が1mmだったとしても、彼女を愛したことには変わりない。それが1mmだろうと10cmだろうと、その部分は ” 真実の愛 ” と呼べる。
そもそも人の感情とは、数学や化学のように明確な基準がありません。つまり、愛があったのか、無かったのかという二者択一できっぱり別れるようなものではない。
それは混じり合う気体のように境界が無いのです。
この感情の曖昧な特性が傷ついた彼女に期待を抱かせ、希望を与えてしまう。それは、砂漠に浮かび上がった蜃気楼のようなものです。
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例え、彼女が信じた愛が真実だったとしても、二人が和解し、理想の人生を共に歩めるという保証にはならない。お互いが愛し合っていたからといって現実がそれを許すかどうかは別の話です。
裏切られ傷ついた彼女にも、その後の人生がありますから、いつかは目覚めなければならない。
ここで誤解してならないのは、彼女に必要なのは、決定的な証拠を示して事実を突きつけることではありません。
裏切りの証拠をスマホで撮影し、それを彼女に見せれば幻想が砂のように崩れさり悪夢から目を覚ますことが出来るのか?
いいえ。それは一時的なショックを与えるに過ぎない。
何度裏切られようと、皮肉にも希望を見出すことは出来る。彼女が信じたいと願う限り、可能性は必ず残るのです。
永久に ” 0 ” にはならない。
深い霧の中で
裏切りを知った後、部屋に閉じこもって頭の中で今までのことを思い返す。
あの時の態度の意味や、ちょっとした仕草、何気ない一言、様々な場面が堂々巡りしては、全ての謎が一本の線で繋がる ” 着地点 ” を見つけようとする。
しかし、” 着地点 ” など無いのです。
はっきりしているのは、永久に得られることのない ” 答え ” を求めながら、深い霧の中で今も苦しんでいるという事実だけ。
その霧は、永久に晴れることはありません。
事実が明るみになったから目覚めるわけではない。自分の意思で ” 目覚めたい ” と思う時に、ようやく目覚めるのです。
彼女には、二つの選択肢が与えられている。
決断し、霧を抜け出すか、
霧の中で幻想を追い求め続けるか?
*
もし、あなたが愛した人から裏切られたというなら、激しい怒りと悲しみ、延々と続く喪失感に苦しんでいるはずです。
その感情は、あなたを破滅に導く。
あなたから時間を奪い、あなたから集中力を奪い、あなたに訪れるはずの新しい機会を奪う。
あなたがどれだけ傷ついたかを裏切者に理解させる必要があるでしょうか?
報復は必要でしょうか?
仮に、報復が成功し、その人があなたがどれだけ苦しんでいたかを理解したとして、それから、どうなるのでしょう?
現実は、何も変わらない。
あなたが、今、生きている人生は、誰のための人生でしょう?
あなたを傷つけた人が、どこかで誰かと幸せに暮らしていたら・・などと、頭の中でシュミレーションをする必要はありません。
それが、あなたがこれから築いていく人生に何の関係があるのでしょう?
大切なのは、誰かの幸福度を確認することではない。あなたがどうあるかです。
自分の両手を見てください。
その固く握った拳をゆっくりと開いて・・
そうです。
そうすれば、新しい何をつかむことが出来る。それで好きなものをつかめばいい。
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