多分、誰もが失恋をした経験を持つでしょう。あなたが、まだ、未成年で誰かを好きになったことが無いというなら話は別ですが。
無論、筆者にも失恋をした経験はあります。
思い描いていた未来が、単なる ” 幻想 ” に過ぎないと悟る。生きている意味を失い、脳裏で過去の記憶が巻き戻され、何度も再生される。
何か見落としたことはないか・・
何が悪かったのか・・
どこから間違ってしまったのか・・
” 答え ” は永久に謎のまま。深い霧の中で彷徨う亡霊のような日々が続く。
こんな時、どうすれば心は救われるのでしょう?
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残酷な解釈
次は、とある女性が見た夢の一例です。
雑踏の中で好きな人を見つける。
自分は気づいてもらおうと近づいていくが、行き交う人々に紛れて見失う。
深い喪失感。
彼女はこの夢を見る二週間ほど前に失恋し、心がボロボロの状態でした。
失恋後、好きな人に関する夢を全く見ておらず、二週間経った今、その男性が夢に現れたということで、どうしてもこの夢の意味を知りたいと思った。
*
「この夢は、彼にもう一度会えるという逆夢の可能性はありますか?」
唐突に彼女は、筆者に向かって質問を投げかけました。
「なぜ、そう思われるのですか?」
筆者が、そう尋ね返すと、彼女は次のように答えます。
「私は自分が生きている意味も分かりません。なぜ、こんな状態なのに、彼を見失う夢なんて見る必要があるんでしょう? 余計に落ち込むだけです。これが逆夢なら、まだ、理解できますが・・」
彼女の心が、今回の失恋によって重傷を負っているのは明らかでした。
この時点で筆者は、夢を次のように解釈していました。
彼女が抱えている深い喪失感を潜在意識が、雑踏の中で意中の人物を見失っただけ、という状況にすり替えて処理しようとしている。
人混み中で見失っただけなら、本当に ” 失った ” わけではなく、後で会える可能性もある。
” 完全に失った ” という現実を受け入れられない彼女の心理がこの夢に描かれています。
筆者は、最初、この解釈を彼女に話しませんでした。それは、傷ついた今の彼女にとって、あまりにも残酷な解釈だったからです。
心を治癒する者
筆者は、彼女に今必要なのは、正確な夢分析ではなく、心のケアなのだと思いました。
” 夢 ” という幻想に希望を託すほど彼女の心は消耗している。しかし、筆者はセラピストではありませんので、心のケアについては専門外でした。
現実に打ちのめされた彼女の心を救えるのは、やはり ” 現実 ” でしかないのです。
そして、それには膨大な時間が必要になる。
人によっては、数年間、いや、一生トラウマとして爪痕を残し、その後の人生に影響をもたらす可能性もある。筆者では、彼女の心を救うことが出来ないのは明白でした。
*
失恋の苦しみを解消するために、私たちが最初に行うことは、相手を ” 価値無き存在 ” にすることです。デメリットや欠点、文句の付け所を探して、望みが叶わなかった現状を正当化するのです。
これは筆者自身もそうでしたし、多分、失恋経験者の誰もが心当たりのあることでしょう。しかし、筆者の場合は、それによって心の苦しみが軽くなったということは無かった。
人々が己の幸せのために自分勝手に行動するということは極めて自然なことです。そして、それぞれの行動が他人が幸せになろうとする意思と衝突することがある。
誰かと誰かが結ばれれば、その二人と結ばれたかった他の人たちは、理想としていた未来を奪われるわけです。そんな分かりきった事実を受け入れることが出来なかった。
過去については、取り立てて笑い話にする必要もありませんし、良い思い出にすることも、悪い夢にする必要もありません。
それは、昨日の夕食は何だったか?
と同じく、” どうでもよいこと ” です。
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” 時間が解決する ” と言います。
しかし、実際は、時間によって解決されたわけではない。心の執着が時間を置くことで緩和されていくというプロセスが必要なのです。
” 執着の緩和 ”
これは、どのようにして行われるのか?
まだ、寄りを戻せる可能性があるかもしれないと思い続ける限り、” 戻ってこない現実 ” に苦しみ続けなければならない。
時間が経過するごとに、待ち人が戻らない可能性が高まっていくわけですから、信じることが困難になっていく。
つまり、” 可能性の減少 ” が執着の緩和へと繋がっていく。
なので、時間が経過したとしても可能性が減少しない限りは、それは緩和されない。また、急激な減少は、本人にとって大きな心の負担となる。
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先ほど挙げた夢では、彼女はその夢が逆夢である可能性を信じたがっていた。
そして、実際、夢の内容は、理想とする未来を永久に失ったという現実を受け止めきれない彼女の心を潜在意識がシチュエーションを置き換えて処理をしています。
夢の中で行われた別の状況に置き換えて妥協線を探るという手法は、今の彼女の心を修復するためには適切な処理です。
潜在意識は最も本人の心を熟知する者。そして、その心を修復する最も有効な手段を知っている者。
と言うより ” 心 ” そのものです。
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今、すべきこと
ただ、これは現在の彼女にとって有効な手段であって、振られた直後、もしくは少し先の未来の彼女にとって適切かと言えばそうとは限りません。
あくまでリアルタイムな対処です。
そして、一般的に知られたメンタルコントロール、例えば、瞑想やアフォメーションといったものが、今の彼女に最適な手段であると言い切ることも出来ない。
それらは、あくまで一般に向けて体系化された知識であって、彼女一人のために作られたものでは無いからです。
今の彼女にとって、好きな人と、もう二度と会うことは無い。永久に失ったという現実を突きつけるのは心の負荷が大き過ぎる。
だから、潜在意識は少し工夫して ” 永久に失ったわけではなく、単に再会の機会を失っただけ ” として ” 永久に ” という部分を取り去った。
今の彼女にも受け入れられる現実だけをシュチュエーションとして用意しています。
つまり、彼女は、現実を部分的に受け入れようとしている。
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筆者は、この現実を切り分けて、その一部を承認するという手法が、今の彼女にとって最も適切な対処だと考えます。見方によっては、
” そんなのは、現実逃避だ。ちゃんと事実を教えてあげなければ ”
” 時間が解決するから、ほっておけばいいんだ ”
” 毎日、15分の瞑想を習慣にしましょう ”
と言う声もあるかもしれませんが、それは ” 今 ” の彼女にとって押しつけでしかなく ” 余計なこと ” なのかもしれません。
夢には彼女自身が望んでいることが描かれているわけですから、最も負担の軽い対処が選択される。
*
ところで筆者には、今回の夢の内容に一つの疑問点がありました。
彼女は、なぜ、人々が行き交う雑踏の中で意中の人を目撃するというシチュエーションを選んだのか?
単に見失うという状況を描きたかったとするなら、車を運転している彼を見かけるとか、建物に入っていく姿を目撃するという形でもよかった。
人々の雑踏は、必要だったのでしょうか?
ガラスの心
筆者は、彼女に尋ねました。
「人混みの中で見かけたということですが、何かのイベント会場やスクランブル交差点というような場所だったのですか?」
「私が都会暮らしだからかもしれません。イメージとしては秋葉原の歩行者天国のような感じだったと思います」
「それは、架空の場所だったということでしょうか?」
「多分、架空の場所です。私自身そういった人混みのある場所には、あまり行かないのですが・・」
*
彼女の潜在意識は、なぜ、普段は行くことのない人混みの中にわざわざ夢の舞台を設定したのか?
無論、その人々は、彼女自身が用意したものです。そして、意中の人を自分から少し離れた人混みの中に配置している。
彼女は理解しているのです。
人生における出会いは、ちょっとしたタイミングですれ違うこともあれば、意図しない形で全くの他人同士が知り合うこともある。
全ては偶然の配置によって起こると。
意中の人との出会いも、その中の一つに過ぎない。彼女の潜在意識は ” 人々の雑踏 ” という形で人生の縮図を描こうとしている。
意中の男性との再会の可能性を残しながらも、その一方では、すれ違った多くの人々の中の一人として、男性との出会いを俯瞰的に受け止めようともしています。
夢の内容を見て、筆者には、彼女は苦境に打ちひしがれながらも、思った以上に冷静に現実と向き合っているように思えました。
*
セッションの終わりに彼女は、次のように言いました。
「こちらからお願いしておいて申し訳ないのですが、分析結果は頂かないということは可能でしょうか?」
「あなたがそれでよいと言うなら、そうしましょう。ただ・・なぜですか?」
「多分、自分でも結果は分かってるんです。それをはっきり言われてしまうことに、今の私が耐えられるか分からないんです」
彼女のガラスの心は、待ち人との再会の僅かな可能性に支えられている。
それ以外の現実ならば受け止めることが出来ても、再会の可能性だけは残しておかなければならないのです。
それすらも取り上げてしまえば、彼女のハートは砕け散るでしょう。
それが、現実逃避だとしても、幻想に縋り付いていると思われても、今の彼女に最も適切なアプローチであることには変わりないのです。
運命共同体
さて、あなたが理想としていた未来を奪われてしまったとしたら、そして、希望の無い日々を送り続けているとしたら、その苦しみから逃れるには、一体、どうすればよいのか?
今回の夢を見た彼女のように、現実から目を逸らすべきでしょうか?
ここでその解答を示すことは出来ないのです。筆者は、あなたのことを何も知らない。ネット上に見つかる様々な情報も同じです。
一方的なアドバイスに意味があるでしょうか?
それは、あなたを最も理解する存在に尋ねるべきです。つまり、あなたの心の中に生き続けるもう一人のあなた。
そして、必ず導いてくれる。
なぜなら、あなたの絶望は、その存在の絶望でもあるから。本当の意味で ” 運命共同体 ” です。
*
誰かのアドバイスに無理矢理、納得しようと努力する必要はありません。
もし、そのアドバイスがあなたの心を打ったとしたら、それは、あなたが最初からそうすべきだと思っていたことを偶然、言い当てたのでしょう。
それは、実質、あなた自身の言葉です。
ただ、必ずしもそういった偶然が起こるわけではありません。自力で泥沼から這い上がらなければならない時がある。
あなたには、再生の可能性が残されている。
まだ、終わっていない。
でなければ ” 答え ” を求めて、こんな場所に来たりはしないでしょうから。
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