休日にダラダラと過ごしてしまう心理|時間を節約するということ

時間が少しでも余ると、
忙しい現代人は ” 勿体ない ”
という衝動に駆られて何かを始めてしまう。

それが、趣味だったり、娯楽だったり、
スキルアップのための勉強だったり、

何にせよ、時間を無駄にしてしまうことに対する
” 恐れ ” が行動の動機になっている。

筆者自身も時間が空いてしまった時に、
読書やら、映画鑑賞やら、
何かしら用事を見つけようと、いつの間にか、
あれこれ考えている自分に気づく時があります。

これでは本当の意味での ” 休憩 ” にならない。

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睡眠時間を削るという生産性向上

” 寝るのが勿体ない ” と言って、一日、
4時間ほどしか眠らないと言う人もいるようですが、

以前、筆者も、いわゆる ” 短眠 ” というのを
挑戦してみたことはあるのです。

ただ、三日も持たなかった。

それは、眠たくてたまらないというのではなく、
頭痛、そして、背中の痛み、常に胸のあたりに
圧迫感があり、気分が悪かった記憶があります。

その時は、無論、集中力も無く、
ぼやっと起きている間、出来ることと言えば、
ネットサーフィンやゲームぐらいで、
ダラダラと時間を潰しただけだったのです。

この状態で一日4時間の空き時間が確保できたとしても、
何も ” 幸せ ” ではありませんでした。

*

例えば、単純作業ならば、
睡眠時間を削って行えば節約になるかもしれません。

何も考えずに指先を動かすだけなら、
多少、頭がぼやっとしていても出来そうです。

ただ、日常生活が単純作業だけで
成り立っているわけではなく、注意力や集中力、
ひらめきが必要になることは常にあるわけで、

睡眠時間を削って、仕事を一つ、二つ
終わらせることが出来たとしても、その分、
昼間にゆとりを持って生活できるかと言えば、
そうじゃない。

むしろ、何も考えられない頭のせいで
通常業務にも支障が出て、ミスや勘違いなどによって
余計な仕事が増えたりするのです。

そう、私たちはぼやっとしていると、
本来は存在しなかった ” 不必要な仕事 ” を
作り出すという特技を持っている。

もしかすると、時間節約に必要なのは、
生産性を高めることではなく、
単にミスをしないということなのかもしれません。

*

近年、” 睡眠負債 ” という言葉が
メディアでよく取り上げられました。

睡眠不足によって脳にかかり続ける負荷が、
しわ寄せとなって、
病気にかかるリスクを高めるというものです。

” 人生の3分の1は睡眠時間に取られる ”
という損をした気分にもさせられるこの主張は、
まさに合理的現代人の考えです。

実際は、損を回収するために睡眠時間を
削ったことによって無駄な判断と選択を繰り返し、
人生の貴重な時間をその ” ツケ ” の支払いに
当ててしまっている・・
というのが真実のような気もしますが。

睡眠不足で病気になってしまったとしたら
多くの時間が失われることになる
というのは誰が見ても明白です。

魔の10分間

” 今から10分間、何もしないでください ”

と言われたら、あなたならどうしますか?

ダメですよ。

スマホを見るとか、爪を手入れするとか、
ちょっとしたこともしてはいけません。

頭の中で、やることリストをチェックするのも、
楽しいことを思い浮かべるのも無しです。

何だか、ソワソワしませんか?

目先で何か出来ることは無いかと
探している自分はいませんか?

” 勿体ない ” という魔物が、心の中で
強迫観念のように騒ぎ出しているのです。

これが、一日をダラダラと過ごしてしまう事と
どう関係するのでしょう?

*

つまり、” 時間を無駄にしたくない ”
という焦りが、たった10分の休息時間さえ
惜しんで精神を急き立てているのです。

悪い事にその状態が慢性化していて、
本人にとっては、それが普通になっている。

仕事や体を動かしている状態だけが
” 働いている ” ということではありません。

” 休息 ” と言いつつ、
携帯でメッセージをチェックしたり、
頭の中であれこれ考えるだけでも集中力を
消費している。

それは、単に仕事をする時よりは、
消費しないというだけです。

集中力は資源と同じく ” 有限 ” です。

*

さて、この無休状態のまま、
休日がやってきたとして、

” せっかくの休日だから何かしよう ”

と思っても、どうもやる気が起こらない。

それもそのはず、日頃から、
” 休息 ” を取っていないのですから。

と言って、せっかくの休日にベッドの上で、
天井を一日見つめているわけにはいかない。

起き上がって何かしようとします。

しかし、昨日まで働き続けていた頭に
集中力は残っているでしょうか?

要するに、
” 時間を無駄にしたくない ” という焦りと
脳の休息がちゃんと取れていない状態の狭間で、
” ダラダラとした一日 ” が生まれてしまうのです。

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認識できない時間

筆者もダラダラと過ごしたおかげで、
何の成果も無い一日を数えきれないほど、
経験してきました。

今は少し、一日の過ごし方を変えてみたのです。

” 何もしない時間 ” というのを5分でも、
10分でもいいから、なるべく作るようにしている。

つまり、スマホで暇つぶしをするわけでもなく、
頭であれこれ考えたりもしない
本当の意味での” 何もしない ” です。

暇を潰さずに暇のままにしておく。

” 暇潰し ” は休息ではないのですから。

*

例えば、休日の午前を何もせずに過ごしたとして、
そのおかげで夕方の2時間だけでも
何かに没頭できるなら、その一日は、
充実したと考えるようにしています。

つまり、時間の ” 量 ” ではなく、
” 質 ” を大切にする。

それは結果的に余計な仕事を増やさない
という意味で時間節約にもなっている。

ただ、こういった表面的には
分かりにくい時間節約は、
効果を実感できないという側面があります。

現段階の私たちは、そもそも
未来に生み出される ” 不必要な用事 ” の
存在を知らないわけですから、
それによって時間を奪われている
という認識はありません。

しかし、それが一旦、生み出されてしまえば
確実にあなたの時間を削る。

もし、その ” 不必要な用事 ” が
生み出されることなく何事も起こらなかった
としたら、私たちはどれだけの時間を
節約できたのか知らないままなのです。

*

あなたは早起きをし、いつもよりも
少し早めに家を出て職場に向かった。

実は、いつも通り遅れ気味に家を出ていたら、
遅刻するかもしれない焦りから、
判断を誤り事故に巻き込まれる未来が
待っていたのです。

事故対応に時間を取られ、下手をすれば
怪我をしてしばらく仕事にも行けない
状態になっていたかもしれない。

しかし、何事もなくいつも通りの仕事を
しているあなたは知らない。

今日、人生の大きな時間を節約できたことを。

それは、睡眠時間を惜しんで
深夜1時まで起きていたことによって
得られた ” 何かしていた時間 ” よりも
何倍もの量です。

睡眠時間や仕事のメールチェックの時間、
友人のつまらない世間話を聞いている時間、
車を運転しながらファーストフードで
食事を済ませようとしている時間、
そういった現時点で認識できる小さな時間ばかりに
目を奪われて、

” 何事も起こらなかった ” という
認識不可時間をほったらかしにしているとしたら、
とても勿体ないことだと思います。

そして、その見えない時間を節約するには、
必要な時に最善を尽くせるようになるための
集中力と冷静な心が必要なのです。

それは、純粋な休息によってのみ取り戻せるのです。
 

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