知られざる夢の世界|夢に価値はあるのか? – 夢占い|より深く読み解くための一歩踏み込んだ夢解釈|yotubano clover blog

知られざる夢の世界|夢に価値はあるのか?

人には、” 理性 ” があります。

それを保ちながら日常生活を
送っている。

しかし、理性とは、ある意味、
私たちを縛る ” 仮面 ” です。

世間の常識から逸脱しないよう
身だしなみを整え、
仮面をつけて家を出る。

社会生活を送るためには、
そうしなければならない。

そして、その毎日が
あまりに当たり前過ぎて、
ときに忘れるのです。

仮面をつけていることを。

*

夢の世界には、
あなた以外存在しません。

そこには、仮面を外した本来の
あなたの姿が映し出される。

姿とは、夢の中のあなた
ではありません。

” 夢 ” そのものが、
あなたなのです。

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世界の創造主

夢は、大抵、現実世界を
ベースに描かれます。

登場人物、舞台となる場所、
ストーリー、

例えば、夢の中に、あなたの
友人が登場したとします。

それは、友人ではなく、
あなたが友人に対して持っている
” イメージ ” に過ぎない。

本当の友人は、実際は
もっと違うのかもしれません。

なので、
夢の中に登場した友人は、
厳密には、あなたが、
” 勝手に思い込んでいる友人像 ”
なのです。

*

これを夢の中の登場人物、
全てに当てはめてみてください。

いえ、人物だけでなく、
夢の中で見たあらゆるもの、
景色としての街並みや、
行き交う車や、
そこで生活する人々や、
社会のルールなど、

それら夢の世界で見たもの全ては、
あなたの ” 個人的なイメージ ” です。

まず、これが前提です。

*

もし、世界の全てが、
あなたのイメージならば、
その世界は、あなた次第で
どうにでもなるということです。

例えば、あなたの心が
失恋によって平静さを
失ってしまったとしたら、
夢の世界の海は、
大荒れになるのでしょう。

例えば、あなたの気分が
晴れ晴れしているなら、
夢の世界の空は、雲一つ無い
青空になるのでしょう。

ある意味、あなたは
” 世界の創造主 ” です。

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妥協によって作られた世界

夢の世界は、現実世界とは
違ったルールで動いている。

例えば、ボールを空に向かって
投げると、弧を描いて地面に
落下していきます。引力によって。

夢の世界でも、ボールを
投げれば、同じように
弧を描いて落下するでしょう。

しかし、それは引力によって
落下しているわけではなく、
夢を見た人の
” ボールを投げると、
こんなふうに落ちていくものだ ”
という固定観念によって、
落下しているわけです。

だから、固定観念の無い
想像力豊かな小さな子供なら、
ボールを月に向かって投げれば、
当たって跳ね返ってくる夢を
作ることが出来る。

*

例えば、あなたが歩く先に
大きな水溜まりがあります。

普通ならば、長靴を履いて
いなかったあなたは直進せずに
水溜まりを避けながら
先に進もうとするでしょう。

これが、現実世界の対応です。

しかし、夢の世界では、
あなたは創造主ですから、
目の前に水溜まりがあれば、
そのサイズを小さく調整して、
それを跨ぐのです。

つまり、
水溜まりを回避するために、
自身の行動ではなく、
シチュエーションの方を
変更するのです。

( そもそも、進行方向に
水溜まりを設置したのも
あなた自身なのですが )

これが夢の性質です。

*

ただ、夢の中では、必ずしも
思い通りの設定にはならない。

水溜まりのサイズを変更する
と言っても、どのように
やればよいのか分からない
というのが実際です。それは、

” 水溜まりの大きさは、
コロコロと変わらない ”

という固定観念があるからです。

それで私たちは、固定観念に
縛られながらも水溜まりを
回避する別の方法を考える。

*

例えば、遠くから見ると
大きな水溜まりに見えたが、
近くまで来ると違っていた。

もしくは、近くまで来ると、
水溜まりの中心に渇いた部分
があったので渡れそうだ。

というような現実的な
演出を夢に加える。

つまり、夢は、完全に
フリーダムの世界ではなく、
固定観念と想像力の狭間で、
妥協の連続によって
作られた世界なのです。

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現実と創造力の狭間で

” 夢の中では、あなたは
仮面を外している ”

と冒頭で言いましたが、
実際は、完全に外している
わけではなく、とても
中途半端な状態になって
いるのです。

夢の中でも、はやり、
理性的に振る舞おうとする
自分は残ってしまう。

例えば、自分が丸裸に
なっている夢を見れば、
何かで隠そうとするでしょう。

周りに人がいたとしても、
彼らも結局はあなたの
作り出した創造物なのです。

つまり、本当は、
周りには誰もいない。

*

夢の作り手は夢を見ている
本人なので、周りに人を
配置したのは自分であることを
本当は知っているのです。

しかし、
” 人前で裸になってはいけない ”
という常識が、夢の中でも
その人を縛るわけです。

夢とは、このように、常に
私たちを縛り続ける ” リアル ” と、
それに抵抗しながらも、
自分の望む世界を作ろうとする
” イマジネーション ” が、
衝突しながら構築されるのです。

*

リアルとイマジネーションの
割合は、その時々によって
変わります。

リアルの割合が強ければ、
それは、より現実的な夢に
なりますし、

イマジネーションの方に
比重が傾けば、それは、
創造力豊かな夢になる。

ただ、常識の中で生きる
私たちにとっては、それが、
解読不可能な支離滅裂な夢に
見えてしまうわけですが。

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本当に価値あるもの

私たちは、日々、夢を見ます。

しかし、そこに描かれている
ことに関心を寄せる人は、
僅かです。

なので、
この小さな記事を見つけ、
今、この一文を読んでいる
あなたは、本当に
” 希少な存在 ” なのです。

大抵の人は、すでに、
世間一般に行き渡った
” 用意された答え ” を与えられ、
” 知る ” ことをやめてしまう。

*

と言っても・・

そもそも、” 夢 ” に
知るほどの価値が
あるのでしょうか?

例え、そこに、正直な気持ちが
描かれているとして、

そこに、ずっと探していた
” 答え ” を見つけることが
出来たとして、

そこに、未来が
暗示されていたとして、

その全てに、
価値など無いのです。

*

結局、価値を与えるのは、
夢を見た本人なのです。

夢だけに限ったことでは
ありません。

誰かの何気ない一言や、
ちょっとした日常の出来事、
本の中の数行から、
何を見つけるかは、結局、
その人がどう捉えるかに
よるのです。

全てのものは、この世に
生まれた時点では無価値です。

あなたに与えられて、
ようやく価値あるものになる。

*

あなたは、魔法をかけて、
人形に命を吹き込む。

人形は、感情を与えられ、
生き生きと喋りだす。

そして、あなたに
多くのことを語ってくれる。

ときには、あなたの悩みを
聞きながら背中をさすってくれる。

ときには、あなたの為に
小さな身を投げ出して、
盾になってくれるでしょう。

そして、あなたにとって、
かけがえのない存在になる。

それは、あなたが与えた
” 命 ” なのです。

*

与えられるのではなく、
与えてください。

それが、あなたにとって、
本当に価値あるものに
なるのです。

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