夢の世界の特色|バラバラになった世界

夢を読み解くという作業は、
一見すると、謎解きをして
いるようにも見えます。

シャーロック・ホームズが、
現場に残された僅かな痕跡から、
事件の全容を推理していくように。

ただ、夢は、推理小説
のようなものかと言うと、
そうではないのです。

そもそも、夢は、
” 謎 ” ではありません。

と言っても、謎と言うほど
難しいものではないと、
言っているわけでもありません。

それは、間違いなく難解です。

*

例えるなら、
” 侘・寂 ” ( わび・さび )
という言葉があります。

日本人ならば、多分、
この精神を理解するのは
それほど、難しいこと
ではないでしょう。

しかし、西洋の外国人に
これを教えるのは、
日本の美意識について
学ぶというところから
始めなければいけない。

きっと、外国の方には
とても難しく感じるでしょう。

つまり、西洋の文化に
当てはめたり、例えたりして
” 侘・寂 ” を説明することは
出来ないわけです。

夢が支離滅裂で、難解に
見えてしまうとしたら、
それは、西洋の観点から、
” 侘・寂 ” を眺めている
ような状態なのです。

*

では、夢の世界特有の文化には、
一体、どんなものなのが
あるのでしょう?

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夢と映画の違い

筆者は、ときおり、
夢を映画に置き換えて
例えることがあります。

夢を見ている人は、同時に
夢の作り手でもあるので、
主役、そして、映画監督
という二つの役割を持ちます。

つまり、主役であるあなたは、
夢の中で様々な出来事に
遭遇するわけですが、

その仕掛け人も、結局、
あなた自身なのです。

*

夢の中で扉を開ける前に、
向こう側に何があるのか
何となく分かるという現象や、

ストーリーの次の展開が
読めてしまうというのは
そういった理由からです。

そもそも、その脚本は、
あなたが書いたもので、
登場する人物や、天使や幽霊も
あなたがキャスティングした
” 役者 ” なのです。

*

ただ、夢と映画には、
相違点もあります。

映画は、万人に向けて
作られるものですが、
夢は、本人が見るために
作るものです。

これは、とても大きな違いです。

*

まず、最初の特徴として、
夢の世界には、” 前置き ”
がありません。

映画やドラマでは、
それを見る人のために
ストーリーの箇所箇所に
前置きが挿入されます。

例えば、
電話で誰かと話している
場面があったとします。

これがドラマなら、
誰と話しているのか、
何について話しているのか、
一応、説明らしきものが
どこかにあるはずです。

突然、ストーリーの
最中に見知らぬ人から
無関係な電話がかかって
きたりはしない。

*

しかし、
夢では、それが起こる。

それは、夢が無意味で
支離滅裂だからではありません。

そのシーンが、自分のために
作られたものだからです。

夢の中で突然、あなたの
スマホに脈絡も無く、
見知らぬ人物から電話が
かかってくる。

*

いえ、脈絡は、
すでにあるのです。

ただ、それが夢の中に
無いと言うだけで、
その電話がかかってくる理由は、
現実世界にあるのです。

本人が気がついて
いないだけで。

そして、それは、
夢が作られた動機でも
あるのです。

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現実世界をバラバラにする

完成したジグソーパズルを
思い浮かべてください。

そこに、美しいヨーロッパの
庭園が描かれている。

その庭は、庭師の日頃の手入れ
一つ一つというピースによって
完成された作品なのです。

東京の夜景でも、
ディズニーランドでも、
もしくは、日常的な
風景でもよいでしょう。

それが何であれ、
現実世界は、数多くの
ピースが組み合わさって
今の形になっている。

*

これを一度、額縁から外して、
バラバラにしてみましょう。

もう一度、一から、
作り直すのです。

しかし、作り直すのは
あなたではなく、
あなたの潜在意識です。

それは、意識の世界ですから、
瞬時に終わる。

そして、どこに
そんな絵柄があったのか
分かりませんが、完成した
パズルは、全く違う絵になる。

それが、夢です。

*

普通ならばピースの
形状や絵柄の整合性が
ありますから、
同じピースを使って
別の絵を作ることは
出来ないはずですよね。

しかし、潜在意識に
形状は関係ありません。

もっと言えば、一般常識や、
社会のルール、物理法則も
関係ありません。

固定観念が無く、自由です。

*

そこで、潜在意識は、
私たちの常識を超えて
それを組み立てる。

夢には、どこか矛盾した部分が
あったり、脈絡が無いように
見えたり、曖昧であったり、
辻褄の合わないことが、多々、
あります。

つまり、ピースがしっかり
噛み合っていないのです。

噛み合わない部分をぼかしたり、
誤魔化したリしながら
その絵は作られる。

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完全なもの、不完全なもの

こう考えると、
夢は現実世界に比べて、
不完全な世界のようにも思えます。

しかし、それは、誤った見方です。

そもそも、完全とは何でしょう?

氷の彫刻で美しい城を
作ったとします。

それは、完全な状態から
少しずつ溶けて、
形が崩れていく。

いわゆる、
不完全な状態への変化。

*

でも、自然現象に従って
溶けていく過程すら
それは美しい。

むしろ、それは水という
元の状態、完全形へと
変化しているわけです。

誰が、完成した直後の
彫刻こそが完全だと
決めたのでしょう?

私たちです。

私たちは、自分たちだけの
一方的なルールによって、
それが完全だと定義して
いるだけなのです。

*

” 侘・寂 ” の話に
戻りましょう。

西洋的価値観に当てはめて、
” 侘・寂 ” を理解することは
困難だと言いましたが、

ここでもそれと同じ
現象が起こっているのです。

現実世界に生きる私たちは、
現実世界に当てはめて
夢を理解しようとしてしまう。

ストーリーが
繋がっていないとか、
辻褄が合わないと
思ってしまうのです。

しかし、夢の世界の視点では、
そのストーリーは紛れもなく
成立しているのです。

*

夢を論理的に読み解こうと
すれば、必ず、破綻します。

論理とは、私たちの決めた
現実世界のルールです。

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主観だけの世界

残念ながら、夢の世界の
全てをここで語ることは、
出来ないのです。

出し惜しんでいるわけではなく、
二、三の記事で伝えることは、
事実上、不可能なのです。

また、ここで話したことが、
全ての人に伝わるとは
到底思えません。

人は、多種多様です。

そして、それぞれが
自分で作った物差しで
生きている。

無論、筆者自身も
その一人なのでしょう。

*

誰かが何かを発言する。

結局、全ては、
” 個人的意見 ” なのです。

ニュースキャスターが
ニュースを伝える。

そのキャスターは、
テレビ局に自ら就職し、
ニュースを伝えるという
仕事を選択し、実際に
自分の望んだことをしている。

ニュースキャスターの発言は、
ある意味、個人的な意見なのです。

正確なニュースを
伝えたいと言う。

*

夢の世界を理解するために
必要なのは、自身の信じた常識を
疑うということです。

それは、単なる個人的な考え、
” 主観 ” に過ぎないということに
気づけたなら、まさに、
夢の世界の扉を開いたことに
なります。

夢とは、主観の上に成立した
世界なのですから。

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