楽しい時間というのは、あっという間に
過ぎ去っていく。そして、苦しい時間は、
永遠に続くように感じてしまう。
それが同じ1時間であったとしても。
競い合うアスリートの世界では、自分の
先を行くライバルが遥か彼方を走っている
ように見える。
自分には、とても追いつける相手じゃない。
負けたと思えば思うほど、その距離は比例
して広がっていくのです。
実際は何も変わっていなかったとしても。
*
その時の気分によって、事実に対する
受け止め方、インパクトの大きさが変化
することは日常的に起こっています。
要するに ” 主観 ” によって事実が
歪められる現象。
しかし、私たちは、それが歪められた状態
であることに気づかない。目で見たこと、
実際に体験したことが事実だと思い込んで
しまう。
例えば、あなたが軽はずみに言った一言が
誰かを傷つけたとして、あなたから見た
そのセリフのインパクトは、
” こんなことで普通傷つく? ” です。
しかし、言われた本人にとっては、
言葉という凶器です。
どちらが正しいかという問題では
ありません。同じ事実を全く違う感覚として
受け取っているということを理解する必要が
あります。
なぜなら、夢とは感覚の産物だから。
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自宅に届いた大きな荷物
とは言え、ライバル選手が遠く彼方を走って
いるように見えたとしても、そう見える
というだけで実際には現実的な距離だったり
します。
要するに、それらは誇張です。
そして、夢で映像化されるのは、主観に
基づいて誇張された状態です。
例えば、あなたが約束を忘れてしまい、
そのことで恋人が鬼のような形相であなたを
責めたとしましょう。
夢の中では ” 鬼のような ” ではなく、
” 鬼 ” そのものとして登場する。
天にも昇るような嬉しい出来事があったと
したら、夢の中では実際に空を飛んでいる
ことでしょう。
感じたことが制約無しに実現する世界、
それが夢です。
*
次は、とある男性が見た夢の一例です。
巨大な貨物トラックが走ってくる。
自宅の前に停車すると、運転手が
降りてきて荷物受け渡しのサインを求める。
巨大な貨物トラックが自宅前にやってくる
という内容の夢です。
筆者は尋ねます。
” 何が届いたんですか? ”
” サインをするところで夢が終わって、
荷物は確認しませんでした ”
” あなたが注文をしたという認識は
ありましたか? ”
” どうでしょう・・こんな大きな荷物を
頼んだ覚えは無かったと思いますが ”
” つまり、予期せぬ配達だった? ”
” 一瞬、僕のミスで配達されたのかも
しれないと思いました ”
” つまり、注文したものと違うものが来た
ということですか? ”
” 分かりません。その辺は曖昧です ”
*
” トラックに何か特徴はありましたか?
車種や色とか・・ ”
” とにかく大きいというだけで、
一般的な大型貨物トラックだったような
気がします ”
” 大きさは? ”
” コンテナの高さが自宅と同じぐらいで、
全長は10m以上はあったかな・・ ”
” 随分、大きいですね。
貨物部分には、あなた宛て以外への配達品も
含まれていた? ”
” いや、直接 輸送されたという認識でした。
貨物は全て自分宛てだったと思います ”
” では、荷物は家に置けないほど、
大きなものということになりますよね? ”
” ああ、確かに・・
でも確認したわけではないので本当は
たいして大きくないのかも・・ ”
この場合、巨大な貨物トラックは、
何かが置き換えられた一つの例えであると
考える方が自然です。
筆者は彼の日常生活について、いくつかの
質問をしていくうちに、次のような事実が
浮かび上がってきました。
*
最近、彼はアプリ開発のための
プログラミングオンライン講座に申し込んだ
と言います。
講座はインターネットを介して行われ、
講師と共にアプリ開発のチュートリアルを
進めていくというものでした。
そして、数日後に初回のレッスンが予定
されていた。
” 結構な出費になります。将来のためと思い
奮発して申し込んだんですが・・ ”
” 何か心配事でも? ”
” インターネットで色々な声を聞いて、
金を払ってプログラミングを学ぶなんて
馬鹿げているという人もいて・・
自分の判断は間違っているのかなと疑う
気持ちもありまして・・ ”
” それでも、申し込まれたんですね ”
” ええ、きっと将来のために役立つと
自分に言い聞かせて・・ ”
*
この夢は、彼が投資をしたプログラミング
講座に対する期待感と疑念が描かれています。
到着した巨大な貨物トラックは家よりも
大きかった。荷物を受け入れれば、
これまでの住み慣れた彼の自宅は様変わり
してしまうでしょう。
この場合の ” 家 ” は、
彼の人生そのものを表しています。
つまり、人生を大きく変えるかもしれない
ほど大きなインパクトが彼の元に到着した。
そして、コンテナの大きさは、彼の期待感、
役立ってほしいという願望が上乗せされた
結果なのでしょう。
しかし、その反面、その大きさが
見せかけで、実際はたいしたことがない
のではないかと疑う気持ちもある。
だから、荷物を直接描写することなく、
大きなコンテナの中に隠しているのです。
確認しなければ、投資が無駄だったと
失望することもない。
*
” もう、支払いは終わったんですね? ”
” はい。少しでも元が取れるように
必死でやると思います。実は独学でやろう
とした時期もあったんですが、
続かないんですよね。なぜでしょう? ”
” 専門外なので何とも言えませんが・・
その経験が元になって、
今回、投資をされたんですよね? ”
” ええ、そうですね・・ ”
” ならば、あなたは学ぶことを
続けていらっしゃるじゃないですか ”
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恋人の何気ない一言
では、もう一つ夢を紹介しましょう。
次はとある女性が見た夢の一例です。
結婚式場に車で向かっているが、
渋滞に巻き込まれてしまい間に合い
そうにない。
近くにいた警察官に告げられる。
” この先で大きな事故があって
教会は使えない ”
どうやら飛行機が墜落して教会に
突っ込んだらしい。
彼女には、現在、付き合い始めてから三年
になる恋人がいましたが、この夢を見る
数日前に、彼に次のようなことを言われた。
” 来年もこんな感じで楽しく過ごしたい・・ ”
その時、彼女はそのセリフを聞いて、
黙っていましたが、心の中で
” 来年も二人はこの状態なの? ”
と疑問符が浮かんだ。
この夢は、恋人に結婚する意思が
感じられないことに対する彼女の憤りが
描かれています。
彼女にとって彼の何気ない一言は、
式を予定していた教会に飛行機が突っ込む
のと同じぐらいの衝撃だったのでしょう。
彼女が受けた精神的ショックが、
そのまま、夢の設定となっています。
大渋滞は、結婚という人生のイベントが
限りなく遠くに感じてしまった彼女の心境を
表現し、時間に遅れている状況は彼女の中の
焦りです。
そして、遠くに見えた微かな希望さえも、
彼の一言で打ち砕かれた。
この夢も、彼女が実際に体験した出来事を
直接描くのではなく、彼女が出来事に対して
感じた ” 感想 ” が描写されているだけです。
私たちから見ると、この夢は精神的な
ショックを教会の大事故に例えるという
大げさな比喩にも見えますが、
潜在意識にとっては、
それは、事実 ” 大事故 ” だった。
*
” 恋人と結婚について話し合うといった
ことはありましたか? ”
” いえ ”
” 何か話し合えない理由でも? ”
” それは、彼が自分から
気づくべきだと思うのですが・・ ”
” 一言、言われた時に切り出さなかったのも
その理由があったから? ”
” ええ、彼から行動を起こしてくれないと、
やる気と言うか、愛を感じられないと
言いますか・・”
” ところで、夢の中では飛行機が墜落する
とありますが、飛行機に心当たりは?
最近、海外旅行に行ったというような ”
” 特には・・
家に旅行雑誌が一冊あるぐらいで・・ ”
” よく旅行される方ですか? ”
” ああ、その雑誌は私のではなくて、
二週間ほど前に彼が家に来たときに
忘れていったんです ”
” では、彼氏さんはよく旅行される? ”
” そんな話聞いたことないな。
何で旅行雑誌なんか・・ ”
” お二人で旅行されたことは? ”
” 日帰りで遠くに行くことはありましたが、
雑誌にあるような場所には、まだ・・ ”
” それは、本当に忘れていったんですか? ”
” え? ”
見せかけの現実世界
夢の内容が実際の出来事を誇張して
表現されることはよくあることです。
例えば、心配性な人や物事を大げさに
考えるタイプの人が見る夢は、
よりドラマティックに描かれる傾向が
あります。
好きな人に挨拶をしたが無視されたという
だけでも、その人がこの世の終わりだと
感じれば、その夜に見る夢は
” 人類滅亡の日 ” です。
また、お財布にゆとりがあるときに
千円の臨時収入があってもそれほど感動
しませんが、金欠状態のときの千円は
” 天からの贈り物 ” に思える。
その夜は、きっと札束の雨が降る夢を
見るのでしょう。
つまり、夢を見る本人の ” 主観 ” が
夢そのものなのです。
潜在意識は、実際の出来事に焦点を当てて
いるわけではなく、あくまでそれを捉えた
” 主観 ” にフォーカスしている。
この点は、夢の世界を理解する上では
とても重要です。
*
多くの人は、現実と主観で描かれた世界を
混同してしまっている。ゆえに、
夢で見たことが、そのまま実現するのでは
ないかと一喜一憂する。
潜在意識が見ているのは現実世界では
ありません。現実世界を生きている
あなたの心の状態を見ている。
それを映像化するのです。
現実世界を映像化しているわけではない。
それは、カモフラージュです。
あたかも現実世界であるかのように
見せかけるための。
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