様々な映像メディアでは、モザイク処理が使われることがあります。
例えば、近辺の景色から場所を特定されないようにモザイクをかけたり、匿名のインタビューなどで顔をモザイク処理して音声を変えたり。
モザイク処理に限らず、画面の特定部分をぼかしたり、カメラ位置で顔が映らないようにしたり、その部分にイラストを当てたりすることもあります。
誰かが発言している最中に、ピーっと音が入るという編集も、それに入るでしょう。
こうした編集技術が、しばしば夢の中で使われることがあります。不都合な部分を隠蔽するために。
無論、それはディスプレイを通してではなく、直接、見ている景色に対して処理される。現実世界では不可能ですが夢の世界ならばそれが可能。
夢の中でモザイク処理を行う理由は、見たくないもの、都合の悪いものを隠したいという心理の表れと言えますが、
そもそも、なぜ、都合の悪いことを自ら夢にしておきながら、モザイクをかけるという紛らわしいことをするのでしょう?
都合が悪ければ、最初から夢など作らなければよいのでは・・
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無意味な行動、そして、箱の中身
次は、とある女性が見た夢の一例です。
押し入れを開けてゴソゴソしている。
どこかで見覚えるのあるダンボール箱が出てくる。
蓋を開けるとモザイクがかかっている。
自室の押し入れで、何かを探しているという一見すると日常的な夢です。
そして、夢の一部分に、不自然なモザイク処理が施されていた。
「一体、押し入れで何を探していたのですか?」
筆者がそう尋ねると、彼女は次のように答えます。
「探していたというより、何となく、ただ、ゴソゴソしていただけなんです・・」
「ゴソゴソ・・?」
彼女の説明では、整理整頓をしていたわけでもなく、特定の何かを探していたわけでもなく、薄暗い中で箱をずらしたり、引っ張ったりして、目的も無く作業していたと言います。
人が行動するときは必ず目的がありますが、彼女のこの目的のはっきりしない曖昧な行動や認識は、重要なヒントになります。
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さて、箱の中身ついて。それはモザイクがかかっていて、確認することが出来なかった。
まず、モザイク処理を施し、箱の中を見られないようにしているのは、彼女自身である、ということを理解しておく必要があります。
つまり、彼女は箱の中身を知った上で、モザイク処理をかけている。
ただ、なぜか、箱の中に何が入っているのか、彼女は知らないようです。
通常、見たくないものを隠蔽する意味でモザイクをかけた場合、何となく向う側に何があるのか、夢を作った本人には心当たりがあるのですが、彼女の場合には、それが無い。
押し入れで何をしていたのか?
押し入れの中でゴソゴソとやっていると、見覚えのあるダンボールが出てくる。
夢の中でダンボールを見つけた時、彼女は次のように思った。
” ああ、そう言えば、こういうのあったっけ・・ ”
ただ、目が覚めてみると、そんなダンボールには覚えがない。この不可思議な体験は一つのことを示しています。
それは、彼女の中にある ” 何か ” をダンボールという物体に例えているということです。
多分、過去に関すること。
押し入れをゴソゴソとしているのは、自分の記憶の押し入れを開けて何かを探しているのです。
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結局、彼女は何を探していたのでしょう?
夢の作り手は彼女なので、本来、箱の中に何を入れるのかは自分で決めることが出来る。ガラクタでもよかったし、何も入っていない空箱にすることも出来た。
しかし、彼女は、あえて何かが入っているが、モザイクがかかっていて確認出来ない、という演出を選んでいます。
この演出の真意は何でしょう?
理屈よりも感覚
筆者は最初に、こう解釈しました。
彼女には思い出したくない過去があり、それを箱に封じ込めた。その箱には、不都合な思い出が詰まっていて、それを直視出来ないからモザイクをかけた。
その時の彼女には、思い出したくない過去を、思い出さなければならない何らかの事情があったと・・
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” モザイク処理 ” は、不都合なものを隠蔽するには便利な演出です。
目の粗さを調整していけば、向こう側にあるものをほどよく伝えることが出来る。つまり、自分が受け止めることが出来る程度に、フィルターレベルを設定することが
可能。
さて、彼女にこの解釈を話すと ” 違う気がする ” と言います。こういった場合、夢を見た本人の感覚は重要です。
一見、筋の通っているように見える理屈よりも、当事者の感覚の方が ” 答え ” に近いことは、よくあることです。
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実際、筆者の解釈には不備があります。
ダンボールに、もし、忌まわしい記憶が入っているなら、それを見つけた時点で嫌悪感を感じたことでしょう。
なぜなら、箱の中に何が入っているのか知っているからです。しかし、彼女に嫌悪感らしきものは無かった。
むしろ、夢の中では、自ら進んでモザイク部分に目を凝らし、中身を見ようとしたと言います。
「ずっとモザイクが取れなくて、結局、何が入っていたのか分かりませんでした・・」
「手を入れて、触って確認しようとは?」
「ええ、手を入れたんですが、何かが入っている感触だけはあるんですが、何なのかよく分からなかったんです」
モザイク処理の実用性
大抵、夢の中のモザイク処理は、直視したくないものを隠すために施されます。
例えば、自分の嫌いな部分や過去の汚点、認めたくない事実など、それについて目を向ける機会が訪れているが、まだ、受け入れることが出来ない心理を表す。
モザイクの目が粗ければ、それに向き合う心の準備が、まだ整っていない。
目が細かければ、形が段々と見えてきますので、心の準備が整ってきていると判断出来ます。
全く目を向けることが出来ない場合は、完全に別のものに置き換えるか、夢自体を作らないという可能性もありえます。
心の状態に応じて、モザイクの粗さは変化する。
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もしくは、映像的に見るに耐えがたい場面であれば、応急処置のような意味で、急きょモザイクをかけることもあります。
これは、悪夢などでよく見られる現象です。
この場合は、映像に対する反射的なリアクションなので深い意味はありません。
簡単な例では、夢の中で対象物から視線を逸らすとか、手で目を覆い隠すことで直視を避ける行為と同じです。
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「つかぬことをお伺いしますが、なぜ、この夢が気にかかったんですか?」
「何か意味があるような気がして・・」
彼女いわく、今の生活にメリハリが無いと言います。毎日、同じ顔触れの中、単調な仕事をこなし、いつもの部屋に帰り、代り映えの無いプライベートを過ごす。
繰り返される充実感の無い日々。
「職場の同僚に、趣味でも始めたらどうかと言われたんですが・・」
「何か、不都合なことでも?」
「そんなにお金のかかることは出来ないし・・色々とやってはみたんですが続かなくて、すぐ飽きてしまうんです。これじゃない・・というか・・」
「それは、最近のことですか?」
「ここ最近、ずっとそんな感じですね。何かあればいいんですが・・」
モザイクの向こう側にあるもの
彼女の置かれた現在の状況を理解すると、今回の夢に使われているモザイク処理は、直視したくないことを隠すため、というわけではなさそうです。
もう一度、夢の内容を振り返ってみましょう。
はっきりとした目的もなく、押し入れをゴソゴソとしている。その中で見覚えのあるダンボールを見つける。
中身はモザイクがかかっていて確認出来ない。彼女は目を凝らし、箱の中を見ようとしたが、結局、分からない。
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この目的もよく分からず、曖昧で、結局、答えの見つからない状態、
” 私、何をしているんだろう?
何を探しているんだろう? ”
という彼女の中の ” 定まらない心 ” がこの夢で表現されています。
ただ、何となく、過去の記憶にヒントがあるのではないかという彼女の考えが、古びたダンボール箱として登場しています。
心の中に引っかかり続けるモヤモヤした感覚を、どうにかすっきりさせたいという彼女の思いが、この夢を作った。
潜在意識が、彼女の抱えている虚しさを単なる映像技術に置き換えて ” 答え ” が、あたかも、そこにあるかのように思わせるために。
モザイクの向こう側に、初めから明確な対象物など無かったのです。
*
彼女は言いました。
「充実感のある時期もあったんですが、あの頃には、もう戻れないのでしょうか・・」
「そうですね・・人は、ずっと同じではいられないですからね・・」
「私、探す場所を間違えているのかも・・」
「と、言われますと?」
「過去は戻らないんですよね?」
「普通は、一度積んでしまった経験をリセットすることは不可能ですから・・」
「もしかして、古い段ボール箱は・・・囮ですか?」
彼女は、潜在意識の偽装工作に気づいたようでした。
そう、答えは押し入れの中には無い。この夢における押し入れとは ” 過去 ” です。
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