口に出すのも怖い悪夢を見てしまったら

悪夢に関する記事を書くとき、
筆者が、注意していることが
一つだけあります。

それは、読んでいる人が
不快にならないように
ある程度、オブラートに包んだ
表現をするということです。

*

” 悪夢 ” と言っても、
様々なシチュエーションが
ありますが、人に説明できる
レベルのものと、口に出すのも
憚られるようなショッキングな
ものがあります。

それをそのまま記事にすれば、
読む人に不快な気分を与えるだけで、
誰にとってもマイナスにしか
ならないでしょう。

筆者自身もブログでは紹介
していない ” 究極の悪夢 ”
とも言える酷い夢を、これまで、
少なくとも数回は見たことが
あります。

そのどれもが、ここで話すことが
出来ないものばかりです。

今後も一切公開することは
ないでしょう。

*

ただ、そういった理由で、
筆者は、” 究極の悪夢 ” に
ついて語るのを避けている
のですが、

潜在意識は、一方的に
夢を作って眠っている
私たちにそれを見せるのも
事実です。

もし、あなたがそういった
夢を見てしまったときに
どう受け止めるべきなのか、
という話を、前もって、
しておいた方がよいと
思ったのです。

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自分だけのスイッチ

” 究極の悪夢 ” は、
それを見たら発狂するかも
しれないと思うレベルの夢です。

ただ、夢を見る人によって
その基準はまちまちなので、
実際の線引きは難しい。

*

例えば、神経が図太く、
メンタルが強いと言われる人
であっても、
日常のストレスなら、大抵、
耐えられるが、オバケだけは
NGという場合があります。

その逆にちょっと悪口を
言われただけでへこむ人が、
ゲームの世界では、血まみれの
バット一本でゾンビの群れを
なぎ倒したリするのです。

一体、何が、その人にとっての
” 発狂スイッチ ” になるのかは、
見かけや、性格、ストレス耐性
だけでは分かりません。

ある意味、
” 笑いのツボ ” にも似て、
その個人差は大きい。

*

つまり、あなたが、
夢の中で感じた言い知れぬ
恐怖感は、あなたの中にある
” スイッチ ” が入りかけた
ということかもしれません。

他の人が同じ夢を見ても
スイッチが入らない可能性もある。

*

ここで、浮かぶ一つの疑問。

夢の作り手が潜在意識なら、
なぜ、自らを恐怖に陥れる
スイッチを夢の中で入れようと
しているのでしょう?

それによって、
最悪の気分になるのは、
自分自身だというのに。

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” 自由 ” は何をもたらすか?

夢の世界と現実世界の違いは、
” 制約 ” が存在するか、
しないかです。

例えば、現実では、
ネットショッピングで
服を買ってみて、いざ、
届いてから、袖を通すと
イメージと違っている
ということがあります。

他にも、結婚してみたが、
自分の思い描いていた
” 幸せ ” とは違っていたとか、
自分の主張は、あるけど、
言葉のボキャブラリーが
少なくて、上手く
伝えられないとか・・

現実世界では、全てが
自分のイメージどおり、
思いどおりにはならない
という ” 制約 ” があります。

*

しかし、夢の世界、
つまり、意識の中では、
イメージを頭に浮かべることが
出来さえすれば、その景色を
再現できるわけです。

ボキャブラリーも
映像技術も必要ありません。

何の制約も受けずに
自由に表現することが出来る。

二次元とか三次元という
制約もありませんし、
時間の経過や、物理現象
についても、それらしき
ものがあるように見えて
いるだけで、実際は、
制約されていません。

本人が、アニメのキャラクターと
会話したいと望めば、
出来ますし、自分は、
空を飛べると思えば、
簡単に飛ぶことが出来る。

要は、本人の
イメージ次第の世界です。

*

さて、
夢の世界に与えらえた
この” 表現の自由 ” は、
ある意味、諸刃の剣
のような側面を持つのです。

それは、一体、
どういうことでしょう?

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理解を越えたその先に

例えば、
何もない無限の空間。

現実世界では、
ありえない場所です。

しかし、夢の世界では、
潜在意識が望めば、
再現可能です。

夢の世界の創造主が、
” 無限 ” と設定したわけですから、
それはどこまでも続く
本当に無限の空間なのです。

つまり、現実では不可能な
理解を越えた領域に
足を踏み入れることが
容易に出来てしまう世界。

*

例えば、死後の世界や、
未知の生物についての
エピソードや映像を見て、
恐怖を感じることがあります。

結局、これも、
” 理解を越えた領域 ” を
のぞいてしまったという
ことなのでしょう。

*

現実世界に慣れた私たちは、
夢の中でも、自分の身に起こる
ことを理解しようと努めます。

現実世界の尺度を使って。

しかし、その尺度では、
測りきれない出来事が、
夢の世界には起こる。

その一方、人には、理解
出来ないことがあっても
柔軟に受け止める許容力が
あります。

ある程度の悪夢ならば、
許容できるでしょう。

それが、
キャパを越えてしまったとき、
” 究極の悪夢 ” となるのです。

*

自らを恐怖に陥れる夢を
なぜ、作るのか?

筆者は、究極の悪夢も、
通常の悪夢と何ら
変わらないのだと考えます。

つまり、その理由も同じで、
一方に傾き過ぎた心の
バランスを取り戻すための
” ショック療法 ” のような
ものです。

関連記事:
見たくない夢を見る理由|悪夢はなぜ作られる?

*

天秤測りを
イメージしてください。

右に傾き過ぎたなら、
左の受け皿に載せるおもりは、
重たく強烈でなければ
いけない。

おもりの重量が
” 理解出来ない領域 ” に
達したときに、それは、
” 悪夢 ” になる。

ならば、究極の悪夢とは
おもりを載せた直後に
発生する ” 揺らぎ ”
のようものかもしれません。

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待ち受ける者、そして、その先に・・

夢の中では現実世界の
常識は効力を持ちません。

そして、前置きの長い
入り組んだ表現よりは、
直感的でストレートな
表現が好まれたりします。

例えば、
頭を悩ます煩わしい問題を
頭に生えてきた奇妙な植物
として描いたり、広がっていく
悪い噂を感染力の強い致死性の
インフルエンザとして
描いたりするわけです。

現実世界の複雑な経緯や、
出来事を全て夢の中で再現
するよりも、その方が、
直感的な処理が出来るという
メリットがあるからです。

それゆえに、映像化されたものが、
強いインパクトと不安を与え、
現実のものさしで理解しようと
する私たちには、理解しがたい
ものに見える。

あなたが、もし、もの凄く
怖い夢を見たとしたら、
それは、あなたの ” 理解 ”
を越えたからなのでしょう。

そして、その ” 理解 ” とは、
現実世界のものさしによる
” 理解 ” なのです。

*

深い暗闇の中に
一人ぽつんと立っている。

視界はゼロです。

想像力豊かな人は、
暗闇の彼方に暗黒世界が
見えるのです。

しかし、
明かりをつけてみましょう。

そこは、実際は、
なんてことの無い
四畳半の小さな部屋です。

では、もう一度、明かりを
消してみましょう。

暗闇は、果てしなく
広い空間となり、そこには
想像したあらゆるものが、
現われる。

あなたが、地獄の門と
ケルベロスを思い浮かべれば、
それが現れる。

これが夢の世界です。

*

ケルベロスと対決するには、
現実世界から持ってきた
ものさしを捨てなければ
いけない。

あなたの武器は、
常識でもなく、知識でもない。

恐怖に屈しない精神力です。

その剣を怪物の脳天に
突き立てて、
地獄の門を開くのです。

*

潜在意識は、意味も無く
ただ悪夢を作ったりはしない。

それが、今のあなたにとって
価値があるからこそ作るのです。

門の向こう側には、
それがあるのです。

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