夢を見ていて、とても幸せな気分に
なることがあります。
夢の中で意中の人とデートをしたり、
会いたかった人と再会したり、または、
美しい家に引っ越しをして ” 幸福感 ” に
浸るというような夢。
目覚めた後もその余韻が、しばらく続いた
という体験をされた人もいるのではない
でしょうか。
今回は、夢解釈ではなく、少し違った
視点で、夢の中の ” 幸せな気分 ” について
お話ししましょう。
夢解釈視点の解説は以下をご覧ください。
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アリー my Love
” アリー my Love ” という海外ドラマが、
1997年から2002年までの間、テレビ放映
されていました。
弁護士として働く主人公アリーが、様々な
タイプの男性と出会いながら真実の愛を
探していくというラブコメディドラマです。
シーズン2の第11回 ” 夢で逢えたら ” で、
アリーは学生時代の恩師であるブリアと
再会します。
身寄りのないブリアは重い病を患っており、
余命僅かの中、病院のベッドの上で
寝たきりの状態で苦しんでいました。
彼女は、眠っている間だけ、出会えるという
夢の中の ” 架空の恋人 ” と過ごすことを
唯一の生きがいとしていたのです。
そして、彼女の望みはベッドの上で苦しみ
続けるより、薬の投与によって眠り続け、
夢の世界で残りの人生を生きたいという
ものでした。
彼女は、夢の中で自由に体を動かし、
恋人とダンスして生き生きとしていた。
*
しかし、ただ夢を見るためだけに薬の
投与を行うという医療行為は認められない
として、病院側はブリアの希望を退けたのです。
そして、アリーは病床に伏せるブリアに
訴訟の依頼を受ける。薬剤投与による昏睡
を求めるという前例の無い訴えを。
最も近い場所
現実世界に望みがない状態で眠り続けて、
夢の中で生きるというブリアの選択、
そして、彼女の幸せと尊厳のために法廷で
戦うアリー。
このエピソードは、
何を ” 現実 ” と言うのか、
何を ” 幸せ ” と呼ぶのか、
私たちに疑問を投げかけているのです。
筆者には、その答えは分かりません。
ただ、このエピソードや、誰もが時折見る
幸福感を感じる夢から分かることは、
潜在意識が作る夢の中で ” 幸せな気分 ”
でいられるならば、人には自らの内に
” 幸せ ” を作り出す能力があると言うことです。
それは、外側から与えられるものではなく、
あくまで与えられたものに対して私たちが
感じ取った ” 感覚 ” なのです。
だから、” 幸せを探す ” という表現は、
少々奇妙な言い回しです。
それは、探すものではない。
*
人は幸せになるために様々な努力をします。
恋人を探したり、スキルを身に付けたり、
働いてお金を稼いだり、自分に不足している
ものを手に入れるために。
しかし、結局、最後は手に入れたもので
自分が満足できるかどうかという” 感覚 ”
が判断基準なのです。
そして、人は、その ” 感覚 ” を自ら
作り出すことが出来る。
私たちの求めてやまない ” 幸せ ” という
ものは、実はもっと単純で、最も身近な
場所に存在するのかもしれない。
” 幸せ ” の定義
法廷で病院側の弁護士が、
” 夢を見るためにわざわざ眠らせるなんて
馬鹿げている ”
と主張すると、アリーは、
” 起きている方がいいと決めつけている
からよ ” と切り返します。
このエピソードの中で印象的な一場面。
これは、夢と現実だけの話ではありません。
” 幸せ ” というものを誰しも当たり前のように
定義している。
” こうじゃないと自分は幸せになれない ”
” 愛する人を幸せにしたい ”
” 今厳しく言うのは、
あなたの将来を考えているから ”
どれも法律ように明確な ” 幸せ ” の定義が
あって、それを自分や周りの人、愛する人に
押し付けているようにも見える。
” 幸せ ” とは、そんな堅苦しいもの
なんでしょうか? そもそも、
定義するようなものなんでしょうか?
判決は眠り続けたいというブリアの主張を
認め、テストを兼ねて薬の投与を実施し、
経過観察をするということで落ち着きます。
*
動物も人間も眠っている時の表情は、
幸せそうに見えます。
なぜでしょう?
それは、多分、自分の決めた ” 幸せの定義 ”
から開放されたからではないでしょうか。
誰もが目覚めている時は様々なことを
考える。
自分が何をすべきなのか?
どこへ行くべきなのか?
どこから来たのか?
幸せになるために、答えの無い問いを自らに
投げ続ける。それが私たちを縛りつけ、
足取りを重たくしている。
ベッドの上では、それを全て忘れ、ただ、
眠っているのです。そこには、何も無い。
何かを得たわけでも、何かに満足している
わけでもない。ただ、疲れを癒すための
” 休息 ” があるだけです。
” 幸せ ” とは、実は、とても
シンプルなことなのかもしれません。
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