幸せとは何か?|本当の意味で満たされた人生

誰もが、” 幸せ ” を求めています。

多くの人が、それを求める割りに
以外と ” 幸せ ” について、誰かと
日常的に語り合うことはない。

なぜなら、幸せを語る上で、
自分がそれをまだ手に入れて
いないことを公にしなければ
ならないからです。

誰だって、
” ああ、この人は不幸だね。
可哀そう・・ ”
とは思われたくない。

*

また、” 幸せ ” というテーマが
漠然とし過ぎていて、語り合う
にしても、大して内容のある
会話にならないでしょう。

” 私の幸せは、理想の異性と
結婚することです ”

” ああ、そうですか・・ ”

無論、何を持って ” 幸せ ” なのか?
というような難しい議論を誰かと
論じ合うこともない。

ただ、ほとんどの人は、その
” 幸せ ” というものを人生の
メインテーマに置き、常に
探し求め、旅をしているのです。

つまり、” 幸せ ” という
一大テーマに、誰もが
語り合う友も無く、一人きりで
取り組んでいるという状況。

だから、もし、あなたに
そういったことを打ち明けられる
友や家族がいたならば、それは、
とても幸運なことです。

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” 幸せ ” のイメージは足かせになる

さて、” 幸せ ” とは、
一体、何でしょう?

例えば、理想の相手と結婚をし、
家庭を作り、大きな家に住み、
経済的に制約の無い生活が
送れることが ” 幸せ ” だと
言う人もいるでしょう。

もしくは、ドラマや映画で
登場する特定の人の人生を指して
” これが私の求めているものだ ”
と言う人もいるでしょう。

キャリアで成功し、
社会的地位を築くことが
幸せだという人もいます。

*

それぞれ、理想のイメージを
語りながらも、多くの人は、
心の底では、それが、100%
実現するとは思っていない。

私たちは、
” 現実 ” を知っています。

理想の相手と、一つ屋根の下で
暮らし始めれば、いつまでも
理想のままでいてくれるわけ
ではないことを知っている。

ドラマや映画、もしくは、
実在する成功者の影を追いかけ
続ければ、いつか、脚本には
描かれていない不都合な事実を
突きつけられることを知っている。

キャリアで成功するために、
何かを捨てなければならない
ことを知っている。

そして、失われたそれは、
永久に戻らないことを知っている。

だから、私たちは、突き詰めれば
壊れてしまう ” 幸せ ” のイメージを
曖昧な状態にして残しておく。

希望を失わないために。

*

それは、一見すると、
単なる現実逃避にも見えます。

しかし、この現実逃避が
私たちに恩恵をもたらしている
ことも確かなのです。

理想を実現するためには
目標の具体化が大切だという
ことがよく言われます。

つまり、幸せになるためには、
明確なイメージが必要だと。

実際、幸せになりたいと
強く願う人は、幸せに対する
明確なイメージを持っている。

それは、ある意味、
” 執着 ” です。

幸せを求める強い気持ちによって、
ある特定の幸せの形にこだわり
を持つようになる。そして、

” 自分は、こうじゃないと
幸せになれない ”

という考えを形成する。

それ以外のものを評価せず、
受け入れることが出来ない
という固定観念によって、
理想にピッタリと当てはまる
パズルのピースを永久に
探し続けることになる。

具体的な幸せのイメージが、
足かせとなるのです。

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自由を失うというリスク

幸せのイメージをぼんやりとした
幻想レベルで留めておくことで、
あらゆる可能性を引き受ける
柔軟性が出来るわけです。

例えるなら、目的地に
行けさえすれば、そこまでの
道のりが、飛行機だろうと、
高速バスだろうと、自分の
車だろうと、どれでも構わない
ということです。

もし、飛行機でなければならない
というなら、ファーストクラスか、
ビジネスか、エコノミーかまでは
限定しないということです。

目的地までのルート全てが、
完璧にスケジューリング
されていたとしたら、一つ、
何らかのアクシデントが起これば、
その全てが、あっと言う間に
崩れ去ってしまう。

そして、人生に
アクシデントはつきものです。

*

ならば、綿密な計画など立てずに
その場の状況に流されながら、
生きて行くことが、幸せへの
近道だと言うのでしょうか?

先ほどは、イメージを具体化
してしまうと、結果、自身を
縛ることになると言いましたが、
厳密には、具体化したイメージに
拘束されて選択肢を失ってしまう
ことが私たちを苦しめるのです。

具体化したイメージが、
あなたを苦しめるわけではない。

途中で変更や調整が必要ならば、
その都度、組み立て直せば
良いだけです。

問題は、その時に変更したり、
調整するだけの選択肢が手元に
残されているかどうかです。

例えば、高年収の青年実業家と
結婚することが出来た一人の
女性に焦点を当ててみましょう。

彼女は、夫との収入の格差が
あり過ぎて、家庭内では
自分に主導権がほとんど
与えられないことに
後から気づいたとしても、
すぐに離婚を決断出来ない。

住む場所、仕事、人間関係、
生活習慣、生活レベル・・

これまでの人生設計を
振り出しに戻さなければならない。

一つの理想を実現させるために、
周囲の環境がそれ用にカスタム
されてしまった状況が、彼女を
拘束し、選択肢を奪うのです。

*

仮に、具体的なイメージを持たず、
状況に流されながら生きていく
としたら、どうでしょう?

それは、選択を
放棄している状態です。

選択を放棄し続ければ、いずれ、
どちらにも転ぶことの出来ない
状況へと追い込まれていく。

やはり、最終的には
選択肢を失うのです。

イメージを具体化すれば、
選択肢を失い、流れに身を
任せても選択肢を失う。

自ら選んだ人生に拘束されるのか、
周囲に押し付けられた人生に
拘束されるかの違いに過ぎません。

人が ” 選択する自由 ” を
失うことは、鳥から
翼をもぎ取るようなものです。

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本当の意味で望んでいること

彼女には、夫に話していない
一つの秘密がありました。

会社経営をしている夫が
ほとんど帰ってこない
新築の家で、彼女は
経営学の勉強をしていたのです。

夫の収入に依存し過ぎた
今の生活から、本当の意味で
自立をしたいと願っていた。

自分がどこまで出来るのか
試したいと思っていた。

自分の可能性を信じて。

彼女は、新しい選択肢を
開拓しようとしています。

自分がどう生きるか、
それを選択できる人生を
取り戻そうとしている。

*

仮に、彼女が起業を考えている
ことを夫に打ち明けたとして、
彼が次のように言ったなら、
どうでしょう?

” じゃあ、店やってみる?
立ち上げまで俺が準備するから、
その後、お前に任すわ ”

全てのお膳立ては、夫が行い、
突然、経営者の椅子をポンと
与えられる。

彼女が、望んでいるのは
これなのでしょうか?

きっと、彼女は夫の提案に
納得しないでしょう。

夫は、次のように言うかも
しれません。

” 何で?
経営者になりたいんだろ?
誰が店を用意したかなんて
どうだっていいだろ ”

彼女は、自らの手によって
” 選択 ” したいのです。

選択した結果、経営者になる
というだけで、経営者なることが
目的ではないのです。

*

多くの人が抱く幸せに対する
イメージは、結果的に
高い地位に着くことや、
結婚し家庭を持つこと、
年収を目標額に到達させること、
大きな家に住むというような
” 目に見える成果 ” を手に入れた
状態を描いています。

彼女のように、” 体験 ” を
求める人には、それら成果は、
体験した後の ” 痕跡 ” に過ぎない。

筆者は、” 幸せ ” とは、
体験に属するものであって、
痕跡に属するものではないと
考えます。

つまり、” 幸せ ” を具体的に
映像としてイメージすることは
実質、不可能なのです。

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翼に怪我をした鳥

もし、” 幸せ ” が
” 体験 ” であるとするなら、
それを体験するよりも前に
脳裏にそれ自体を再現することは、
誰にも出来ないでしょう。

仮に、起業を目指して勉強を
している彼女が、もし、
イメージをするとしたら、
市役所に行って開業届けを
提出する場面になるのでしょうか。

それとも最初の注文が入って、
電話対応している場面になるの
でしょうか。

” 幸せ ” のイメージとしては、
かなり地味ですが、それは、
結局、間接的な映像表現に
過ぎませんし、
” 体験 ” そのものではない。

” 体験 ” とは感覚ですから、
思い浮かべるものではなく、
感じ取るものです。

*

だから、” 幸せ ” は、
実際に行動し、
そこで何かが生み出され、
その現場に居合わせて、
初めて訪れる。

自分で立ち上げた事業が
始まって、彼女が、実際に
最初の注文を受け取った時、
映像としては、単に電話の
対応をしているだけですが、
多分、そこには、
一しきりの感動がある。

それが、彼女が、本当の意味で
望んでいたものです。

ゆえに、” 幸せ ” とは、
実現した後に思い出して
噛みしめることは出来るが、
まだ、実現出来ていない
幸せのイメージは、軽薄な
空想にしかならない。

それをリアルに感じたいのなら、
行動する以外に ” 幸せ ” に
近づく方法は無いのです。

イメージをどれだけ具体化した
ところで、それは、単なる
空想の域を出ない。

実際に体験するリアルには、
勝てないのです。

*

無論、行動するにあたって、
イメージではなく、現実的な
計画性は必要になるでしょう。

ただ、自分が何を求めているのかを
理解しておくことは大切です。

もし、彼女が、自分の求めている
ものが、経営者になることだと
思い込んでいたとしたら、多分、
夫の提案を受け入れてしまうのでしょう。

そして、社長の椅子に座り、
心の中のぽっかり空いた穴から
目を背けながら、次のように思う。

” 私は、夢を実現した。だから、
幸せを手に入れたはずだ。
客観的には・・”

そして、いつか、
彼女の潜在意識は夢を作る。

翼に怪我をした瀕死の鳥を
助けようとしている夢を。

 

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