長編物語の夢|壮大な体験をした感覚と心理 (2)

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「あなたから、Aさんに悩みを相談するといったことは?」

「以前はありましたが、今は彼女がそれどころではないので・・」

「お気を使われて言い出すことが出来ない?」

「それは・・別にいいんです。彼女の抱えていることに比べれば、大したことじゃありませんし」

「差支えなければ、話せる範囲でよろしいですか?」

「・・悩みというほどの事ではないですが・・」

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気にするほどのことではない

彼女は、今の職場に ” 居づらさ ” を感じていると言います。

「何か理由が?」

「うちの会社は、割と平均年齢が低めなんです」

「若い社員が多いんですね?」

「はい。社長もまだ40代で若い人の発想や行動力が会社を成長させていくという考えを持ってるので」

「なるほど、素晴らしい会社ですね」

「やっぱり、そう見えますよね・・」

「どういう意味ですか?」

「私は今、30代半ばで、会社には十年ほど勤めています。若かった頃は仕事も楽しく充実していたんですが・・」

「何か問題でも?」

「最近、感じるのは、若い社員ばかりが評価されるというか、意見が通りやすいというか・・若い人は評価されると素直にモチベーションを上げてくれるので、会社にメリットがあるというのは理解出来るんですが・・」

彼女は、現在の職場でジェネレーションギャップを感じているようでした。

自分よりも若い世代が多くを占める職場で30代半ばという中途半端な年齢の彼女は肩身の狭い思いをしていた。

「私と同じぐらいの世代で結婚や出産を理由に辞めていく社員も何人かいましたが、実はそのほとんどは居づらかったからだと思います」

「あなた以外で同世代の方は?」

「私だけです。結婚すれば辞める口実にもなるかもしれませんが、相手がいないもので・・」

セッションの途中、彼女は言いました。

「もしかして、会議室の場面は、休暇中のAの処遇ではなくて、私の年齢についての話だったんでしょうか?」

「なぜ、そう思われるのですか?」

「話合いを黙って見ていましたが、その間、ずっと考えていました」

「何を?」

「なぜ、私だけが呼ばれたのか、その理由を・・思い当たることが年齢ぐらいしかなかったので・・」

「それはAさんではなく、あなたがそう感じていたということですね?」

「そうか、あの場面では私はAなんだ・・何でだろう? 」

「他に、何か気づかれたことは?」

「思ったのですが・・役員たちが私の存在を無視していたのは、私が職場で感じていることが夢になった・・ということなんでしょうか?」

確かに、夢の中で彼女は会議室に一人取り残されてしまう。

「夢の中で二人の役員は騒ぎ立てるようなことじゃない、という意見だった・・ですよね?」

「ええ、別に大した問題じゃない、みたいなことを言っていたと思います」

「でも、一人だけ反論をしていた」

「そうですね。何か意味があるのでしょうか?」

彼女のこの気づきが、今回のセッションの糸口となったのです。

会議の主導権

彼女の潜在意識は、辛い現実を夢の中で直接描写することに抵抗があったのでしょう。

あくまで友人Aの世間話を再現しているという形を取り繕い、自分の勤め先ではない架空の会社と役員を用意しています。

彼女が三人の役員を前に行った自身に対する推察は、会議室にいたのは、本当は友人Aではなく、彼女自身であることを示しています。

友人Aと自身を置き換えた理由は、Aの抱えている試練にはゴールがあり ” 命を授かる ” という希望があるから。

彼女の抱えているものは、先が見えない苦しみです。

この時点で、何となく今回の夢に描かれているのは、彼女が抱えているジェネレーションギャップに関する問題だということが見えてきました。ただ、細かな部分は、まだ、分からないままです。

さて、ストーリーでは会議室の場面から、一旦、電話の場面へと戻っています。それから、母親が登場し、慌てた様子でテレビをつける。

「テレビで会見をしばらく見ていて、気が付いたら会場にいたということですか?」

「ええ、ただ、テレビを見ているというよりは、映像自体が夢になっていたというか・・」

「画面の中と外が曖昧になっていた?」

「そうですね、曖昧でした・・最初からテレビの中に入る前提だったのでしょうか? 入った瞬間は認識できませんでした」

「お母様は、あなたが電話をしている最中に突然現れたのですか?」

「一応、話が終わったと思って、通話を切ろうとした時に母が来て、何事かと思って・・」

「では、通話を切らなかった?」

「ああ、どうでしたかね。言われてみると切った覚えは無いです。でも、最後の場面は電話で終わってますから、多分、切ってなかったのかも・・」

この夢は、本当は、もっと短い構成になるはずだった。

電話の場面の間に会議室の場面を挿入したシンプルな構成として完成するストーリーだった。そして、それによって彼女の中の蟠りを処理しようとしていた。

これは、大した問題ではないと。

しかし、本心では、その処理の仕方に納得できない部分があったのでしょう。

会議室では、三人の役員がおり、そのうちの最も権限の弱い人が話合いに納得していない様子だった。

これが、彼女の本心です。

一方では権限のある二人が話合いの舵を取り、ただ、成り行きを見守っているだけの彼女に意見を求めることもなく結論を出してしまう。

会議室での彼女の立ち位置は ” 傍観者 ” です。

心の蟠りを口を出すべきではない会社決定という話にすり替えて ” 仕方ないこと ” として受け流そうとしている。

三人の役員は彼女が用意した登場人物ですから ” 何でもないこと ” として問題を片づけようとしている二人も、結局、彼女の代弁者なのです。

つまり、この夢は、彼女の中で対立する二つの気持ちが描かれている。

会議の場面では権限のある二人の役員に対し、反論する役員一人という対立構図になっています。

不満を持っている気持ちよりも、それを抑圧する気持ちが主導権を握っている状態として表れている。

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パワーバランス

ある意味、会議室の場面は映画撮影におけるボツになったカットのようなものです。

通話が終わりかけた時、母親が慌てて部屋に入ってきたというのは、中途半端な終わり方に納得できない彼女の気持ちが、

” ダメダメ、これじゃあ納得できない。もう一回作り直して! ” と言っているのです。

それが映画撮影ならば、そのカットは放映されませんが、夢の場合は作られた時点で本人がそれを見ているので、結果的にストーリーに新しい場面を追加して繋げるという方法を取ります。

そこで潜在意識は設定を変えて、別のアプローチを行う。

会議室ではなく、大がかりな舞台として記者会見という場面を付け加え、小さな会議室では処理しきれなかった蟠りをスケールアップした設定によって解消しようとしています。

また、この場面での若かりし頃の母親は、出産という試練を抱える友人Aに対し ” 出産を終えた人 ” として登場している。

つまり、現在、悩みを抱えている自身に対し、もう一人の自分が、それを乗り越えた人の姿を借りて、” こんなふうに片づけてはいけない ” と横槍を入れているのです。

さて、記者会見の場面では、彼女はジャーナリストという立場でそこに参加しています。そして、何かを追求しようとしている。

無論、この場面は、実際の記者会見を描いているわけではなく、彼女の中の蟠りをどうにか処理しようとしている心の動きが、シチュエーションとして再現されているのです。

「舞台が記者会見ということですが、何か心当たりは?」

「あぁ、最近、動画で見たかもしれません。企業の謝罪会見ではありませんでしたが、確か政治関係の・・」

多分、彼女の記憶に残っていた記者会見の様子が潜在意識にインスピレーションを与えたのでしょう。

会議室の場面では、彼女の中に芽生えた問題意識よりも、それを無視し、やり過ごす気持ちに主導権がありました。

では、記者会見の構図を見てみましょう。

大人数の記者たちが矢継ぎ早に質問を投げかけ、企業側がそれに答える。

明らかに、この場面では早期収束を図りたい企業側よりも、問題を追及し解明を求める記者団が優勢という形になっている。

会議室で反論していた一人の役員が ” 記者団 ” という形でこの場面に再登場しています。

そして、二人の役員は企業側へ。

つまり、潜在意識はシチュエーションをやり直して、パワーバランスを調整したのです。

彼女の本心が納得できるように。

会議室で彼女は、ただ黙って話がまとまるのを待っているだけの傍観者でしたが、記者会見では自ら質問はしていませんが、一応は記者団側として参加しています。

この場面で、彼女の立ち位置が若干変化している。

” 傍観者 ” であり続けるよりも、問題と向き合うべきだという心境の変化が現れています。

ただ、記者会見というシチュエーションを選んだ理由として、自分の日常とは何ら関係の無いテレビのニュースならば、どこかの企業の起こした不祥事に過ぎず ” 自分の問題ではない ” というスタンスを保つことが出来る。

この設定から、問題意識を持とうとしている一方で、問題を自身から遠ざけようとする心理も垣間見えます。

潜在意識としては、双方の気持ちの妥協線、良い落とし所を模索しているということでしょう。

夢の中のダークウェブ

場面が会議室から記者会見へ移っていく中、彼女は自身が抱えている問題に向き合いつつありますが、まだ、それを受け止めるまでには至っていません。

受け止めるためには、問題そのものをしっかりと認識しなければならない。潜在意識は記者会見の続きという形で新たな場面を追加します。

ジャーナリストとして彼女はインターネットで ” 何か ” を調査しているうちにダークウェブに迷い込んでしまい、そこで見てはいけないものを見てしまう。

しかし、先ほどの彼女の説明では、結局、それが何だったのかは分からないということでした。

なぜ、このように曖昧な認識を持ったのでしょう?

曖昧でなければならないのです。

それが明確であれば、彼女がこれまで目を背けて向き合おうとしなかった問題を直視しなければならない。

直視せずに問題に接近し、心の蟠りを取り去ることがこの夢の目的なのです。

一見、都合の良い考えにも思えますが、潜在意識は、それを ” 夢 ” という幻想によって実現する。

もし、簡単に問題に向き合うことが出来るなら、このような複雑な構成の夢を作る必要はありませんし、もっと直接的な表現を使うでしょう。

彼女にとって、ジャーナリズムもダークウェブも日常からかけ離れた世界ですから ” 他人事 ” として一定の距離を置くことが出来る。

潜在意識は、描くべきことを非日常的なシチュエーションに置き換え、カモフラージュしながら彼女を問題の核へと導く。

つまり、彼女がダークウェブのリンク先で見たものは、文章や写真、映像ではなく、今、自身が抱えている ” 問題意識 ” そのもの。

言い換えるなら、それは彼女にとって触れるべきではない ” タブー ” です。

「ダークウェブを調査しているとき、どんな状況でしたか?」

「危険だと思いつつ、リンクをたどってどんどん深く入っていくという感じで、ホラー映画をつい見てしまう感覚に近いかも」

「途中でやめようとは思わなかった?」

「そうですね。引き寄せられていったという感覚です」

「最後のリンク先を見た時、どんな気持ちでした?」

「凄く嫌な気分になりました。来なければよかったと思ったぐらいです」

誰にも相談出来ず、それでも日々、職場で感じている疎外感が彼女を知らず知らずに追いこんでいた。

限界が近いことを悟った彼女の潜在意識は、問題から目を逸らし続けるのをやめ、向き合って行動に移す時期だとして、今回の夢を作った・・ということかもしれません。

しかし、彼女はダークウェブのリンク先で言い知れぬ不安を感じてブラウザを閉じてしまう。

核心に近づき過ぎたことで、彼女の中に ” 躊躇い ” が生まれた瞬間です。

心の変化

彼女の中に生まれた躊躇いを処理するために、潜在意識は新たな場面を追加します。

犯罪組織に彼女を追わせることで、その不安から遠ざかろうとしている。

一見すると、余計に怖がらせてしまいそうな設定ですが、彼女の抱えている問題は心の内側に存在するものです。

つまり、どこに行こうが、何をしようが、そこから逃れることは出来ない。

しかし、その不安を擬人化し、自身と切り離し、外側に置いたとしたらどうでしょう。

物理的な方法で不安から遠ざかることが出来る。例えば、この場面のように隠れる。走って逃げる。

ただ、夢の中の設定ですから、全ては彼女の心の中に存在するのです。つまり、その不安は本当は自分の外側には無い。

心の内側に ” 外 ” という仮想空間を作り、そこに不安を置いているだけです。要するに潜在意識が行っている処理とは疑似的な ” 気休め ” です。

では、この場面の構図について考えてみましょう。

ここで登場している犯罪組織は、見てはいけないものを見たという理由で彼女を捕まえようとしている。

彼女を探す男たちは、不安を解消するためだけのエキストラではありません。

彼女がダークウェブで見たものが、自身の ” 問題意識 ” ならば、口封じをしようとしている犯罪組織は、彼女の ” 防衛本能 ” です。

パンドラの箱の蓋を開いた彼女は、問題を直視しようとしたが、それを受け止めるには、まだ、心の準備が出来ていなかった。

それをダークウェブの奥深くに隠した防衛本能が男たちの姿として現れ、彼女の中に芽生えた疑問を握り潰そうとしている。

” 何をしている? 余計なことはするな! ”

ただ、彼女自身は、あくまで問題と向き合おうとする立場として逃亡しています。つかまれば命は無いと感じて必死に走り続けた。まさに、問題意識の ” 死 ” です。

これまでの彼女の心の変化を振り返ってみましょう。

会議室では傍観者を演じ、記者会見では追求する集団の中に身を置き、ダークウェブでは自ら核心に近づき、そして、逃亡劇では問題意識を守ろうとしている。

逃亡劇の場面では、その問題意識が彼女の内側に存在しているという前提になっている。

つまり、彼女は、この時点で、それが ” 他人事 ” ではなく、自分自身の問題であるということを認識していることになります。

続き

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