自分の居場所が無いと思ったら|知っておいて欲しいこと

” 自分には、居場所が無い ”

とある会社勤めの青年が、
筆者にそう言ったのです。

筆者は、その時、
アドバイスらしきことは
何も言えませんでした。

*

例えば、
日曜日にテレビの前で
ゴロゴロしていると、
掃除機の先でつつかれて、
妻に家を追い出されるとか、

隣の部屋から音楽が聞こえて、
集中出来ない受験生が
図書館で勉強するとか、

これも、ある意味
” 居場所が無い ” と
言えるかもしれません。

しかし、青年の場合は、
もう少し、深刻な心の悩み
だったのです。

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” 居場所 ” って何?

そもそも、
” 居場所 ” とは何でしょう?

先ほどの例のような
物理的な問題ではなく、
精神的な辛さ。

青年を苦しめていた
それは、一体、
どこから来るのでしょう?

*

青年に経緯を尋ねたのです。

彼は、職場で誰にも
期待されることも、
頼られることも、
認められることもなく、

” 自分は、何のために
ここにいるのだろう? ”

日々、自問を繰り返してた
そうです。そして、
同じ職場で働く仲間の視線が、
何となく冷たく感じる。

” 給料泥棒 ” と言われ、
後ろ指をさされているようで。

つまり、
彼を苦しめていたものは、
” 疎外感 ” なのです。

*

例えば、
学生時代、放課の教室で
誰にも話しかけられず、
独りぼっちでいるときに
感じるあの寂しさ。

知り合いのいないパーティー
に参加して、賑やかな場所で、
ただ、一人立っている時の
あの寂しさ。

自分という存在が無視されて、
いなくても誰も困らない
という悲しい状況。

そう。

誰もが、人生で一度は、
体験したことのある
あの ” 疎外感 ” です。

*

しかし、これらは、
実際に居場所が奪われて
しまうということとは
少し違います。

教室には自分の座る椅子が
ありますし、パーティー会場から、
つまみ出されたわけでもない。

職場で誰にも期待されなくとも、
一応の仕事はあるでしょうし、
それに対する対価は支払われる。

*

つまり、青年の言う
” 居場所が無い ” という
表現を正確に言うなら、
” 居づらい ” ということです。

そこに居ることは可能だが、
居ることが苦痛だという状態。

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ちょっとした実験

では、ここでちょっとした
実験をしてみましょう。

青年の働いているオフィスに行き、
社員が使うデスクに全て仕切りを
付けてみます。

ドラマや映画でよく見られる
海外のオフィスのように、
社員が半個室の中で仕事をする
感じですね。

*

どの社員が、どんな仕事を
しているのか、他の社員からは
見ることが出来ない。

仕事を必死でやろうと、
パソコンでこっそり
ソリティアをしていようと
他の社員に知られることは
ありません。

逆に他の社員がどんな
仕事をしているのかも
知ることが出来ない。

つまり、自分の仕事が
効率が良い方なのか、
悪い方なのかも分からない。

もしかしたら、
本人が今日は、かなり頑張った
と思っていても、実は、
平均よりも効率は悪いのかも
しれません。

比較が出来ない状況です。

*

さて、青年は、この状況でも、
” 居場所が無い ” と
言うでしょうか?

お互いの仕事の出来高を
知ることが出来ないなら、
この問題は消え去ってしまう。

つまり、
問題は ” 人の視線 ” であって、
スペースが原因では無いのです。

*

例えば、
あなたが、パーティー会場で
独りぼっちだったとしても、
会場が暗くなり、ステージの
上でスライドが上映され始めたら、
途端に ” 居場所問題 ” は
解決してしまう。

会場が暗ければ、あなたが
一人ぼっちでいる姿を
誰にも見られることがない。

つまり、
自分が恥ずかしい状況のとき、

” 他人にどう見られているか? ”

ということを
考えてしまうことで、
” 疎外感 ” は生まれるのです。

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ずっと変わらないもの

空気を読み過ぎる人は、
常にアンテナを張って、
周囲の状況や、人の反応を
敏感に察知しようとします。

それゆえに、
自身がどうあるかよりも、
周りから自分がどう思われて
いるかを意識してしまう。

つまり、” 自分の居場所 ”
を必要とする人。

それは、人に認められようと
頑張る原動力にはなりますが、
その反面、上手くいかない時、
居場所を失って、
途方に暮れてしまう。

今回の青年のように。

*

ふと、とあるアニメ映画を
思い出します。

宮崎駿監督の ” 千と千歳の神隠し ”
という映画の中で、カオナシ
というキャラクターが登場します。

カオナシは、自身の存在を人々に
示すために様々な手を使う。

まさに、
自分の ” 居場所 ” を求めて。

やがて、それは肥大し、
暴走し始める。

そして、多くの人々が集まる
湯屋は騒動に巻き込まれていく。

水上電車の駅に向かう千を追う
カオナシに振り返って、
千が言うのです。

” あの子は、あそこに
居ちゃいけないんだよ ”

筆者には、このセリフが
居場所を失った人たちへの
メッセージのように思えるのです。

*

” 居場所 ” とは、
人の集まりの中に浮かび上がった
蜃気楼のようなもの。

それは、
人々が、協力しあって
意図的に作り出したり、
消し去ったりするものでは
ないのです。

そして、あなたに見えている
” 居場所 ” が、他の人からも
同じように見えているとは
限らない。

他の人は、
自分の要望に合わせた
” 自分のための居場所 ” を
勝手に作り上げて、
それを見ている。

そして、それは、
あなたには見えない。

” 居場所 ” とは、一体、
何でしょう?

*

人目を全く気にせずに
生きることは難しい。

それは、筆者にも無理です。

ただ、自分を傷つけてまで、
下を向いたまま日々を送ってまで、
それが本当に必要なもの
なのでしょうか?

” 居場所 ” というものに
そこまでの価値が
あるのでしょうか?

*

どこにいようと、
あなたは、あなたです。

これまでも、
そして、これからも、
ずっと変わらない。

もし、それを変えることが
出来るとしたら、それは、
周りの人じゃない。

唯一、あなただけです。

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