真面目な人が損をしてしまう理由|天罰の仕組み

不真面目な人が得をして、
真面目な人が損をしてしまう
という場面があります。

例えば、会社で
真面目な人に仕事を押し付けて、
先に帰ってしまうとか、

一生懸命、資料を準備した人
ではなく、それを報告する人
だけが評価されるとか、

恋愛に置いても、
真面目に生きている人ではなく、
不真面目に生きている人の方が、
どういうわけか、
異性にモテたりする。

そういった要領の良し悪しで
損をしたり、得をする人
というのが必ずいるものです。

一体、なぜ、こんな理不尽な
ことが起こるのでしょう?

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シンプルな原理

ルールを守らない人が
得をするというのは、
とてもシンプルな原理です。

得をしてしまうから、
ルールで制限している
わけですから。

例えば、株式取引で、
内部情報を元に
株の売買をすれば、無論、
優位に決まっていますから、
インサイダー取引行為として
禁止しているわけです。

受験でも、替え玉を使ったり、
カンニングをすれば、
いい成績を取れることは、
当然ですから、ルールとして
禁止しなければならない。

得をする人と損をする人が
生まれてしまうのを
防ぐためにルールがある。

不真面目な人は、それを
守らないわけですから、
当然、得をすることになる。

*

つまり、人間社会には、
初めから損得が偏る ” バグ ”
が至る所に存在するのです。

それが、あまりに目立ち過ぎると
法律や企業の規約として
ルール化し、秩序を保とうと
してきたという簡単な話です。

ただ、
日常生活や職場での行動や、
人間関係での振る舞いという
小さなレベルまで、ルール化
することは出来ない。

そこは、モラルとか、
マナーという言葉で、
カバーしようというのが
今の社会の状況だと思います。

*

そう考えると、真面目な人は、
社会が決めたルールやモラル
といったものを守りながら
生きている人。

不真面目な人は、
それを守らずに生きている
ということになります。

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天罰が下らない理由

ただ、ルールを守りながら
生きている人は、ルールの下で
当然ならが、バックアップも
受けています。

例えば、悪い人が、
コンビニ強盗をした時、
店長に殴られたからといって、
警察に届け出るわけには
いきません。

当然、何も悪いことを
していない店長は、
被害届を出すでしょう。

*

これは、法律に関わること
ですから、当たり前と言えば
そうですが、日常生活に
当てはめるとどうなるでしょう?

例えば、ずるい人が、
誰かに仕事を押し付けて、
さっさと帰ってしまう。

きっと、その人は、
誰かが休んだせいで結果、
仕事を押し付けられても、
文句を言うことが出来ない。

いつも、自分が
していることだから。

*

例えば、面倒な準備は
他人任せの要領のいい人は、
プレゼン用の資料にミスが
あったとしても、いつも、
準備してくれる人を
責めるわけにはいきません。

もし、文句を言って、
機嫌を損ねられたら、
” 自分でやれば ” と
言われてしまう。

次回から、サポートは
受けられなくなるでしょう。

*

” ズルをしてばかりいると、
必ず、しっぺ返しが来る ”

と言いますが、これは、
損をした真面目な人たちの
単なる恨み節が言葉に
なっただけなのです。

実際に、” しっぺ返し ”
が来ているわけではない。

*

この罰の仕組みを
簡単に説明するならば、

” 規範を破る者に、
規範の恩恵は受けられない ”

当たり前過ぎますが、ただ、
これだけのことなのです。

*

つまり、不真面目な人に
なかなか天罰が下らないという
もどかしい状況は、

具体的には、その人が、
破った規範に頼らなければ、
永遠に天罰は下らない
ということです。

例えるなら、スマホを購入し、
不正アプリで改造したとします。

その時点で企業規約に
違反しているわけですから、
無論、何か不具合が出ても
サポートは受けられない。

しかし、故障しない限り
サポートに頼る必要は
ありませんから、
その人が罰せられることは
無いわけです。

神様が、人々の行いを
観察しながら、罰を与える
タイミングを待っている
わけではありません。

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羊飼いと狼

” 羊飼いと狼 ” という
童話は、誰もが知っている
と思います。

とある羊飼いが、
” 狼が来た!” と嘘をついて
村人を驚かすのです。

最初、村人たちは、
それを信じて、狼を退治
しようと集まるのです。

それが二度、三度と
続くと村人は羊飼いを
信用しなくなり、最後は、
本当に狼に襲われた
羊飼いが助けを求めても
誰も来ない。

*

この物語は、人々が理想と
する ” 完全な罰 ” を
描いているのです。

でも、現実の世界では、
ドラマや童話のように
分かりやすく罰が
与えられたりはしません。

大抵は、うやむやのまま
いつの間にか消えるのです。

それは、悪い人やずるい人が
罰を与えられないまま
逃げ切ってしまった
ということなのでしょうか?

いえ、彼らは、
目に見える罰ではなく、
” 消極的な罰 ” を絶えず
受け続けているのです。

*

” 消極的な罰 ” とは、
罰を受けないために、
自ら、行動に制限をかけ
ている状態のことです。

言い換えるなら、
” 表面化しない不自由さ ”
です。

先ほどのプレゼン資料の
例で言えば、会議中、
資料のミスで恥をかいた
としても、準備をして
くれた人を責めることが
出来ない。

つまり、規範の盾に
跳ね返された状態、
これが、
” 消極的な罰 ” です。

不真面目な人が罰を
避けるために、自らの
行動に制限をかけるという
表面的には、分かりずらい
罰が、常に、
つきまとっているのです。

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真面目な人が損をしない為に

では、この仕組みを逆に
考えてみましょう。

ルールを守る真面目な人は
本当に損ばかりをしている
のでしょうか?

規範に従った者だけが
受けられる恩恵、
” 見えない盾 ” によって
常に守られている。

真面目に生きてきた人には、
自分の言い分を
言う権利がありますし、
ルール範囲内の自由は
補償されているわけです。

スマホが故障すれば、
サポートが受けられる。

*

ただ、サポートとは
関係無いところで、
真面目な人が損をして
しまうことは、
実際にあるでしょう。

火災保険が、水害を
補償しないのと同じように、
それは、サポート範囲外
の出来事です。

真面目に生きてさえいれば、
全ての権利が保障される
わけではない。

それについては、個々の
保障に応じたサポートが、
別途、必要だというだけの
ことです。

*

真面目に生きてきて
損をしてしまう人は、
自分の受けた損害が
どのタイプの損害なのか
分からないまま、

” なぜ、自分ばかりが ”

と不満を募らせて
しまうのです。

大切なのは、
自分がどのルールを守って
生きているのか、

それを見定めること
だと思います。

ルールとは、人が作ったもの。

人は、完璧ではない。

ルールにも恩恵を受ける
” 有効範囲 ” があるのです。

*

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