夢の中で登場人物とコミュニケーションを取るときに、なぜか、相手の気持ちが痛いほど分かる。
一言、言葉を交わしただけで、瞬時に何を言いたいか理解できる。表情だけで感情が伝わってくる。
こうした登場人物に対する ” 共感 ”
大した会話も無い状態で、なぜ、その人物の気持ちが分かるのでしょう?
それは、夢の作り手があなた自身だからです。
その登場人物をキャスティングしたのも、その人物にセリフを割り当てたのもあなた。そのために、登場人物はしばしば、あなたの主張を代弁することがあります。
ただ、疑問なのは、なぜ、自分で言わずに、別の人物にそれを言わせているのでしょう?
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フェンスの向こう側
次は、とある男性の見た夢の一例です。
高い建物の屋上にいる。
男がフェンスの向こうに座り込んで肩を落としている。
自分は、男を説得しようと励ましている。
夢の中の登場人物は人生に失望して、ビルの屋上から身を投げようとしており、それを、彼が必死で説得しようとしている。
彼は、男を説得しながらも、自分の前向きなセリフに自分で感動してしまい、自身もボロボロ泣いていたと言います。
最後に男は説得に応じ、フェンスの向こうから彼に手を伸ばし、彼がその手をつかんだところで目覚めた。
*
夢占いでは、こうした死に関する夢は ” 生まれ変わること ” もしくは、” 再スタート ” を意味するとされています。ただ、今回の夢では、自分が誰かの死を止めるという少々変則的なシチュエーションです。
夢占いどおりの解釈でいけば、誰かの人生の再スタートを彼が阻んでいるようにも見える。しかし、彼にそのような夢を見る動機はありませんでした。
筆者が、夢の内容から最初に注目したのは、二人を隔てる ” フェンス ” です。
この夢の構成は ” フェンス ” という境界線によって、人生に落胆した世界と、前向きに生きようとする世界を区切っているように見える。
そして、二人は、二つの世界の狭間で会話をする。
肩を落として落ち込んでいる男性は、彼の ” 分身 ” です。つまり、人生に落胆しているのは彼自身。
「最近、気分が落ち込むといったことはありますか?」
筆者が質問をすると、彼は、今、勤めている会社について話し始めました。
彼自身、はっきりとは明言しませんでしたが、その内容を聞く限り、いわゆる ” ブラック企業 ” に近いものでした。
彼は、言います。
「将来が全く見えてこないです・・」
*
筆者は、夢に登場している男が分身の役割を持っていることを説明した上で、彼に次の質問をしました。
「夢の中で男性がしようとしていたことを、あなた自身、考えたことはありますか?」
「いえ、ありません。一度も・・」
彼は、付け加えて次のように言います。
「もしかしたら、何とかなるんじゃないかって、思う自分もいるんです」
筆者はその言葉を聞き、彼の潜在意識が、なぜ、二つの世界の境界線を描いたのか、その意味が何となく理解できたのです。
この夢は、人生に落胆する自分自身を救い出すために作られた。
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登場人物への ” 共感 “
彼は、人生に落胆しているネガティブな部分を一旦、切り離し、擬人化した見知らぬ男にそれを割り当て、フェンスの向こう側に配置しています。
そして、自分はフェンスの内側から、ポジティブな言葉で男を励ます。
この夢の目的は、あくまで境界線の向こう側から ” もう一人の自分 ” を救い出すことです。故に、男性が飛び降りることはない。
初めから救い出されるシナリオになっているのです。言わば、自作自演のような状態。
彼は夢の中で、男に身の上話を聞かされたと言います。
内容は覚えていないが、それを聞きながら何だか可哀そうに思えて、途中から自分も一緒に泣いていた。
無論、その話に共感したのは、それが彼自身のことだから。
*
夢の中の登場人物と妙に意気投合をしたり、その人物の言葉が胸に刺さって感動するといったことは、しばしばあることです。
夢の作り手が、その夢を見ている本人なので、登場人物に最も言ってほしい言葉をセリフとして与え、それを夢の中で聞くということをします。
そのセリフを自分に言っても単なる慰めでしかありませんが、自分以外の誰かに言わせることで説得力が増すことを潜在意識は知っています。
それは、自分の中で ” 私は悪くない ” と呟くより、誰かに肩を叩かれ ” 君は悪くないよ ” と言われる方が、自身を肯定的に受け入れることができるのと同じです。
他者の視点が入ることで ” やっぱりそうだよね。私は悪くないよね ” と思える。 その再確認は、自己肯定の補強になる。
登場人物が学生時代の恩師であったり、利害関係の無い第三者であれば、なおさら効果があるでしょう。
故に、あなたではない別の人物に、それを言わせるのです。
潜在意識は、必要とあれば、あなたを分割し ” 誰か ” を作り出します。無論、それは一人とは限りません。
完全なる共感
最後に説得は成功し、男がフェンスから手を伸ばし、彼がそれをつかむという場面。
この場面は、ある意味、象徴的です。
彼の中のネガティブな世界とポジティブな世界が、隔たりを越えて結びついた瞬間でもあるから。
この場面は、二つに分離していた世界が、再び一つに戻ったことを表しています。
ここで、こう考える人もいるかもしれません。
” 男を説得せずに黙って見送ってやれば、ネガティブな世界は消え、ポジティブな世界だけが残るのではないか? ”
しかし、これは誤りです。
夢の中に再現されたシチュエーションは、あくまで仮想世界。
ネガティブな世界の死は、同時にポジティブな世界の死も意味する。逆を言えば、どちらかが残る限り、その一方も完全に死に至ることはない。
潜在意識が仮想世界で行っているのは、一枚の紙を裏と表に分離するようなことなのです。
結局、全ては一人の人間の中で起こっていること。
つまり、一つの統合された状態が本来の形なのです。この夢は、二つに割れたものが修復するまでのストーリーを描いている。
*
もし、あなたが夢の中の登場人物に共感を覚えたのなら、その人物は必要に応じて、あなたがキャスティングした ” 役者 ” だということを思い出してください。
言わば、あなたは、夢という映画作品を作った映画監督であり、脚本家であり、主役なのです。
そして、特定の場面で感じた共感は、映画監督であるあなたが、観客、つまり、あなた自身の心を揺さぶるための様々な演出を組み込むことで生まれる。
潜在意識は、あなたが感動するツボを全て心得ています。それは、自分自身のツボでもあるから。
現実世界で誰かの共感を得ることや、自身が誰かの言葉に共感するという体験はなかなかありませんが、夢の中では100%の共感を生みだすことは容易い。
つまり、あなたにとっての傑作を作ることは、潜在意識にとって何でもないことなのです。
夢を読み解く場合は、観客の立場ではなく、制作側の立場としてストーリーについて考える必要があります。
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