夢は本当に記憶の整理なのか?|私たちが証明できないこと

夢は記憶の整理だという説があります。

それは、記憶の断片が寄せ集められ、
支離滅裂なストーリーになっているだけだと。

しかし、なぜか夢には、
何十年も前の学生時代の恩師が登場したり、
子供の頃に住んでいた家が舞台になったりします。

果たして、そんな大昔の記憶を
今頃、整理する必要があるのでしょうか?

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世の中に「絶対」は無い

例えば、映画 ” インセプション ” のように
眠っている人の頭の中に入って、
他人の夢を直接観察することは出来ない。

他人の夢を観察する方法は、
結局、インタビューとして
夢の内容を聞き取るしかありません。

もしかしたら、それは夢ではなく、
その人の妄想を聞かされている
だけなのかもしれない。

だから、夢に関する研究の多くは、
科学の実験のように ” 証明 ” は出来ないのです。

それが統計に基づいたデータだとしても、
結局は ” 人から聞いた話 ” でしかない。

*

もちろん、このブログで伝えようと
している夢に関する様々な事柄は、
証明出来るようなものではありません。

単なる筆者の経験則から
語られていることに過ぎない。

もしかしたら、夢が記憶の整理である
という説は正しいのかもしれませんし、
誤りなのかもしれない。

もしくは、筆者の言っていることが
間違いなのかもしれないし、
あるいは正しいのかもしれない。

それは、誰にも証明できない。

頭の中に浮かんだイメージや想念を
第三者に、どう証明するのでしょう?

考えてみてください・・

不可能なのです。

*

もしかしたら、あなたは、
人類で唯一、夢を見ることができる
特別な存在なのかもしれない。

他の人も夢を見ているとは言っているが、
それはあなたが見ている夢とは
全く別の物なのかもしれない。

それが同じであると、
どうすれば証明出来るのでしょう?

絵を描きましょうか?

それとも夢日記を見せましょうか?

それは ” 科学的根拠 ”
と言えるのでしょうか?

夢に科学的根拠を求めること自体が
ナンセンスです。

*

それは、人の頭の中にある。

そして、人類にテレパシーでもない限り、
それを直接伝えることは不可能。

故に、夢の正体を決めつけることは
誰にも出来ない。

もし、それをあたかも事実のように
伝えている情報があるならば・・

次の言葉を思い出してください。

” 世の中に「絶対」は無い。
絶対と言い張る人がいるならば疑うべきだ ”

自信に満ち溢れる時

では、あなたが何か夢を見て、
その夢を自ら解釈し、
それが正しい答えかどうかは、
どう判断したらよいのでしょう?

判断する方法は、一つしかありません。

あなたの夢の答え合わせは、
あなた自身がするしかないのです。

そして、それは、

” ああ、言われてみればそうだ ”

” その解釈に心当たりがある ”

という、心にシックリとくる感覚だけが、
唯一の判断基準なのです。

” 感覚なんて、頼りないもの
を基準にしても大丈夫? ”

と思うかもしれません。

しかし、周りを見渡してみてください。

夢を見た本人が認める以外に
確かな根拠など、どこにも無いのです。

自分の感覚を信じるしかない。

言い換えるならば、
それ以外に信じられそうなものは
無いということ。

*

” 自分を信じる ”

確かに、良い響きの言葉です。

このブログでも、
度々、周囲の情報に惑わされずに、
自分の感覚を信じるようにと言っています。

ただ、それは、周りの意見を遮断して、
耳を塞ぎ、自分が正しいと思い込む
ということとは、少し違います。

大切なのは、最も近くに
自分の考えを否定する存在を置くことです。

つまり、
” いや、ちょっと待てよ・・
それは、本当に正しいのか?
自分が単にそう信じたがっているだけでは? ”

と、自分の考えを客観的に疑う視点です。

否定する存在無しに耳を塞いでいるだけ
だとしたら、それは、
自分を信じているのではなく、
単なる ” 自己都合 ” です。

自分の ” 感覚 ” に対して正直になるのです。

肯定も、否定も。

*

自分が、とても自信に満ち溢れ、
力がみなぎっているように感じられたら、
それは冷静さを失っている兆候です。

自信は無くてもいい。

いえ、むしろ無い状態の方がいい。

特に、予知に関する夢を見た時、
自分の感覚がまともなのか、
そうでないかを判別することが極めて難しい。

それは、世間一般から見れば、
単なる ” オカルト ” です。

そして、先ほども言ったとおり、
それを誰かに証明することは出来ない。

よって、予知が実現したのかどうかは、
夢を見た本人にしか分からない。

もし、あなたが予知夢を見たとして、
それを誰かに話しても、
信じてもらえないかもしれない。

後で話を付け足したとか、
あなたがそう思い込んでいるだけだと、
周りの人は言うかもしれません。

こう考えてください。

その誤解は永久に解けない。
その人自身が同じ体験をしない限り。

そして、彼らは体験しない。

耳を塞ぎ続け、信じたいものだけを信じ、
自らを否定する言葉を持たないから。

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あらゆる可能性を受け止める

では、ここでとある女性が見た
夢の一例を紹介しましょう。

水筒に熱いお茶をなみなみと注ぐ。
 
蓋をしようとするが、
サイズが合わない。
 
無理やり閉めようととすると、
お茶がこぼれる。

普通なら目覚めて10分もすれば
忘れてしまう他愛無い夢です。

それは、湯飲みではなく、
水筒ですから、多分、それを持って
どこかに出かけるという設定なのです。

しかし、水筒の蓋が閉められずに
準備が整わない。

お茶は、なみなみと注がれている
わけですから、よほど途中でお茶が
無くなる心配をしているのでしょう。

結論から言ってしまえば、
この夢は目標に向かって十分な準備を
してきたが、まだ、大事なことが
抜けているという状態を描いています。

その ” 大事なこと ” が、
サイズの合わない蓋として表現されている。

そして、” 大事なこと ” が、
抜けているためにこれまでの準備が
無駄になりかけている。

*

この夢を見た女性には交際中の男性がおり、
二人の間では既に結婚への話合いも済んでいた。

ただ、一つ、男性を自分の両親に
会わせていないという状況でした。

これまで会わせなかった理由は、
確実に反対されるから。

彼女は、どうにかして両親に認めさせたかったが、
現実はそう簡単ではないようです。

両親と男性とのかみ合わない関係が
サイズ違いの水筒と蓋という形に
置き換えられています。

そして、それがしっかりとかみ合わなければ、
いずれ彼の結婚に対する意欲が冷めていく
のではないかという彼女の中の恐れが、
蓋を開けっ放しの水筒の中のお茶
として例えられている。

さて、この解釈は正しいのでしょうか?

もしくは、単なる後付け、こじ付け
なのでしょうか?

そうなのかもしれないし、
そうじゃないのかもしれない。

筆者は断定を避けて、単に答えを
はぐらかしているだけなのかもしれません。

あらゆる可能性があるのです。

それら全ての可能性を踏まえて、
あなたが何を思うか、それは自由です。

そもそも、誰かの考えを変えることも
拘束することも出来ない。

*

夢は、潜在意識から
あなたへ向けられたメッセージです。

夢のストーリーは、一見、
無意味で支離滅裂に見えますが、
そこには深い意味が隠されている。

潜在意識の意図を読み取ることで、
別のストーリーが浮かび上がってくる。

自分の夢にスピリチュアルな力があるのか、
それとも、単なる
脳のデフラグメンテーションなのか、
あなた自身が確かめるしかない。

自分の夢を読み解くなら、
これだけは知っておいてください。

それは、あなたの感じた ” 感覚 ” です。

夢は感覚によって構築された世界。

言葉として説明することは出来ないが、
” 感覚 ” でそう感じる。

あなたの感じたその ” 感覚 ” こそが、
夢を解くための重要なファクターなのです。

世間一般に広く知れ渡った
学説や常識ではなく、
あなた自身の心に尋ねてください。

現在も、これからも、
” 答え ” は、そこにしか無いのです。  

夢は、科学かスピリチュアルか
という問いは不毛です。

どちらでもよいのです。

あなたが、夢を見て何かに気づく。 

それ以上でも、それ以下でもありません。

 

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