夢解釈の障害となるもの|不確かさの中にある真実

夢を正しく読み解く上で障害となる
ものの一つに ” 願望 ” があります。

潜在意識があなたに何か
メッセージを伝えたとしても、
それが自身の願望によって
歪められてしまう。

これは夢だけに限ったことではなく、
日常的な場面でもよく見られることです。

例えば、人の噂話は
正確に伝わる方が稀です。

人から聞いた話に
” 多分、そういうことだろう ”
という思い込みが連鎖していく。

有名人のスキャンダルに人々は
勝手な憶測をつけてデマを拡散する。

” そうであってほしい ”
という人々の願望が
憶測にバイアスをかけるのです。

では、夢の場合は、
どのような形で願望が
正しい解釈を妨げるのでしょう?

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” 願望 ” が正しい解釈を妨げる

例えば、好きな人が登場する夢。

恋する若い女性ならば、その夢に
恋の進展を期待してしまうでしょう。

” 恋が進展する暗示であってほしい ”

という気持ちから、
色々な理由を持ち出して、
自分の求める答えに合わせていく。

*

ある女性が、
親友にこう言われます。

” 彼があなたと
デートしている夢を見たよ ”

彼女には意中の男性がいて、
親友にもそのことを話していたのです。

彼女は親友の夢の話を聞き、
恋の進展の暗示と解釈します。

ですが、この夢は
意中の男性に思いを伝えることが
出来ない彼女のことを思った親友が
背中を押そうとしているだけなのです。

この夢が伝えているのは、
” 恋の進展 ” ではなく” 友情 ” です。

彼女は願望によって誤った解釈をし、
” 友達が自分を思う気持ち ”
という大切なメッセージを見落とした。

*

先ほどの例は自分の夢ではなく、
友達の見た夢を解釈する
というケースでしたが、

これが自分の夢であっても
本来の意味を都合のよく歪めて
解釈してしまうことがあります。

次は、とある受験生が見た
夢の一例です。

志望する大学の学生と一緒に遊んでいる。

勉強が思うように進んでなかった
彼はこの夢を志望する大学に
合格する暗示と解釈します。

しかし、彼が見落としている
もう一つの解釈は、
満たされない願望を夢の中で
満たそうとしているというものです。

つまり、今の学力では、
希望する進学が望めない彼が
進学できた学生たちに交じって
” 合格した雰囲気” を
味わおうとしているだけ
なのかもしれない。

どちらの解釈を採用するかは、
彼自身の学力を見れば、
何となく予想がつくでしょう。

問題は彼自身が、それを冷静に
受け止めることが出来るかどうか。

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主観と客観の使い分け

自分で見た夢を自分で解釈する
ということには、夢を都合良く
捉えてしまうという
” 落とし穴 ” があります。

強い結婚願望がある人が
恋人が登場する夢を見れば、
それがどんな内容であったとしても
” 結婚の予兆 ” という解釈に
なってしまう。

自身で夢を解釈してみて、

” これって、自分が都合良く
解釈しているだけでは? ”

と頭に疑問が浮かぶとしたら、
冷静な判断が出来ている状態です。

もし、真実が見えなくなっている
としたら、自分の考えに
疑問を感じることもありません。

夢解釈において、100%の確証を
得ることは永久にありません。

これが、答えだと思えるものに
辿りついたとしても、あくまで
” 多分、これだろう ”
という程度の認識でしかないのです。

そこに腑に落ちる感覚があったとしても、
大抵は、若干の疑念が残る。

むしろ、少しの疑念は、
残しておくべきだと思います。

もし、100%の確証があると言うなら、
それは、どこかに不備があるのです。

*

見たくないものに目を塞ぎ、
見たいものだけを見る。

それが、人です。

どんな人であれ、常に
冷静に物事を観察することは難しい。

度々、このブログでは、
夢解釈には ” 主観 ” が重要だと
説いています。それは、夢が
それを見る人の主観によって
作られるからです。

ゆえに夢解釈は、主観と客観を
使い分けならが行うことになる。

厳密に言うなら、
” 主観を客観的に観察する ” ですが、

夢という心の中に作られた世界を
主観と客観を行ったり来たりしながら
観察していくという作業は、
一見すると難しく思えます。

筆者でも依頼された
支離滅裂な夢の内容を拝見して、
どこから手をつけるべきか分からない
ということはよくあります。

セッション中に
” もしかして、こういうことかも ”
と頭に浮んだ気づき。

こうした曖昧な ” 気づき ” から
分析が始まることが多いのです。

目覚めた直後のバイアス

人々は、この何事も不確かな
人生に不安を感じ、確証を求めたがる。

” 確証を得たい ” という願望が、
不確かな真実を遠ざけ、
それっぽく作られた嘘を信じ込ませる。

身近な例で言えば、ネット上で
よく見られる ” 口コミで話題の・・ ”
というお馴染みのフレーズ。

しかし、実際にその商品を使ってみて
首を傾げるということがあります。

疑り深い人なら、
ネットの口コミは当てにならない
と思うでしょう。

しかし、多くの人がそのフレーズに
惹きつけられて商品を買う。

それは、販売実績として
確かな数字になるわけです。

その数字が確証を与える
材料として使われる。

これをサクラとか、
ステルスマーケティングの結果だと
言う方もいるかもしれませんが、
筆者はもっと単純な話だと思います。

人々が ” 確証 ” を欲しがっただけ。

それがバイアスとなり、
商品に対する評価が歪められた。

*

少し、話が逸れてしまいましたが、
要するに何かを導き出すときに
時として、人の願望が邪魔になる
ことがあると言いたいのです。

夢解釈にもそれは当てはまる。

自身の見た夢に向き合った時、
その夢に期待していることはないか、
夢から目覚めてから、
真っ先に頭に浮かんだことはないか、
そこに注意が必要です。

真っ先に浮んだことは、
大抵、その人が求めている解釈です。

例えば、自分が不幸な出来事に遭う夢
を見たとして、目覚めてからすぐに

” もしかして、悪いことが
起こるのだろうか? ”

と思ったのなら、
その解釈は求められたものです。

それは、自分が不幸に遭遇することを
求めているのではなく、
常々心配している不安な気持ちから、
夢で見た不幸が実現するかどうかの
確認を求めているのです。

もし、実現するならば、
対処する必要が出てくる。

丁度、将来に不安を持っている人が
保険に入るかどうか迷っている時、
保険会社のCMに反応してしまう心理
と同じです。

なので、本当は目覚めた直後ではなく、
感情の高ぶりが静まった頃に
夢の内容を思い返す方が、
客観的視点で夢と向き合うことが出来る。

*

夢とは、結局のところ
” 幻想 ” に過ぎないのです。

幻想に確証を求めるというのは、
神秘体験や心霊現象に確証を
求めるに等しい。

ビジネスや法律の世界では、
物事はもっと明確で論理的です。

私たちはそういったシステム化した
社会で働き、生活している。

ゆえに確証を求めることが、
問題を解決する正攻法だと思ってしまう。

しかし、人の心はそうなってない。

曖昧で矛盾しており、
常に不確かな世界に存在している。

きっと現代社会で問題となっている
心の病は、社会と人との間にある
ギャップによって生じた結果なのでしょう。

多分、人類が誕生してしてから
心は何も変わっていない。

そして、これからも変わることは
ないでしょう。

 

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